第55話:緑化10

「俺の言う通りに種を植えなさい。

 これから取り入れまで俺の言う通りにすれば、必ずこれまでの倍以上の実りが手に入ります

 俺からの借りた種を返し、税を払っても、腹一杯ご飯が食べられますよ」


「「「「「……」」」」」


 俺はどれほど叱咤激励しても、新たに手に入れた領地の民は信じません。

 最初から分かっていた事なので、傷つくようなことはありません。


 信じてくれなくても、命じた通りにやってくれたらいいのです。

 中型亜竜が怖いので、彼らが逆らう事など絶対にありませんけどね。


「殿下、何故ブロデン大公王国は、これほどの穀倉地帯を割譲したのです?

 殿下が怖い事は分かりますが、これほどの穀倉地帯を手放してしまったら、王都の民を飢えさせるのではなくて?」


 最近ずっとペアを組んでいるアン姉上が質問されました。


「ああ、ここですか、ここは数日前まで耕作地ではありませんでした。

 昨年の大凶作ではなく、五十年戦争で人が激減したために放棄された荒地でした。

 それを俺が雑草を焼き払い、土を掘り起こして畑にしたのです。

 だから彼らに穀倉地帯を放棄した意識はありません」


「これほど広大な地を独りで農地にしたと言うのですか?

 それもわずか数日の間にですか?!」


「この程度の事、その気になられたら父上も朝飯前ですよ。

 これまでは、やっても数の暴力で奪われるからやられなかっただけです。

 今の我が家には亜竜軍団がいますから、敵軍が多くても五月雨式に襲ってきても防守る事ができるようになったので、農地にできたのです」


「これだけの事ができるのでしたら、ブロデン大公王国を併合してしまってもよかったのではありませんか?」


「ここは荒地だったので、土の力が残っています。

 だから畑にしても、今年は十分な収穫が得られます。

 ですが民が芋を連年作り続けた畑は、力が残されていません。

 今年の収穫がまともに得られない領地までは背負い込めません。

 俺が手に入れるのは、期限までに農地にできる荒地。

 植える物を変えれば、民が飢えないだけでなく税も払える土地です。

 税など払えなくても食べ物を恵んでもらえると思われては、後々困るのです」


「そうだったのですね。

 ですが、私は知っていますよ。

 ディド殿下が飢え死にする民を見殺しにするはずがありません。

 何だかんだ言っても、最低限の食糧を与えるのでしょう?」


「アン姉上には敵いませんね。

 父上と母上の教えに逆らう訳にはいきませんからね。

 少なくとも孤児や寡婦を助けますよ。

 貸し与えた食糧は働いて返してもらいますけどね」


「そんな悪ぶらなくてもいいに」


「悪ぶってなどいません、父上と母上の教え通りにしているだけです。

 人は甘やかすと限りなく欲深く怠惰になりますから、厳しくしなければいけないのです。

 それに、貸し与えた食糧を返してもらわないと、次の年も食糧が不足してしまったら、その時に見殺しにしなければいけなくなってしまいます。

 新たな飢える孤児や寡婦を救えなくなります」


「ごめんなさい、ディド殿下、揶揄う気はなかったの。

 父上と母上に躾けられたのは私も同じよ。

 ただ、ディド殿下のような力がなくて、何もできないから拗ねてしまっただけ。

 でも、口にして直ぐに反省したの。

 拗ねているだけでは何もできないと。 

 ディド殿下のお陰で輓竜を操れるようになったのだもの。

 私もできる事をやってみせるわ!

 何か私の出来る事はなくて?」


「アン姉上には、新たに呼び寄せた走竜とペアを組んで巡回警備をして頂きます。

 独立を宣言している侯王領から攻め込んで来る事はないでしょうが、飢えた民が逃げ込んで来る可能性があります。

 オピミウス大公国が教皇に命じられて攻め込んで来る可能性もあります」


「その時はどうすればいいの?」


「基本は直ぐに俺に知らせてください。

 俺が近くにいない時は、独自の判断をしてもらう事になります。

 スパイが紛れ込んでいるかもしれませんが、逃げて来た者は確保してください。

 オピミウス大公国などの軍隊は、指揮官を殺して敗走させてください。

 今なら農業に使えるので、捕虜にしても構いません。

 農業させても収穫に繋がらなくなったら、捕虜にしても無駄飯を喰わすことになりますので、追い払っていただきます」


 アン姉上は父上と母上の教え通り、復唱して正しく理解している事を伝えてくださいました。


 アン姉上を危険な遠方に配属する事はありません。

 ですが実戦の場では何があるか分からないのです。

 最悪の状況を考えて指示しておかないといけません。


 俺にはやらなければいけない事が沢山あります。

 その中でも一番大切なのが農業です。

 だから大好きなアン姉上であっても、側で見守れない時が有るのです。


 新たに手に入れた領地を豊かにしなければいけません。

 領民が飢えないようにしなければいけないのです。


 本領地は荒れて乾いている高地での農業でした。

 新たに手に入れた領地は荒れて寒冷な土地です。

 寒冷なのは高地で経験していますので、多少は自信があります。


 今はまだ地力が有るので、最初から麦やジャガイモを植えさせました。

 数年後には牧草を育て、家畜を放牧しなければ地力が回復しません。


 ただ、今は家畜がほとんどいないのです。

 昨年の大凶作を乗り越えるために、殆どの農家が食べ尽くしてしまったのです。

 本領地や余裕のある領地で家畜を殖やさなければいけません。


1年目春:小麦(根などを掘り起こして乾燥させてから焼いて畑にすき込む)

   秋:大麦(根などを掘り起こして乾燥させてから焼いて畑にすき込む)

2年目春:ジャガイモ

   秋:トマト栽培(根などを掘り起こして乾燥させてから焼いて畑にすき込む)

3年目春:クローバー(家畜の放牧)

   秋:クローバー(刈り取って乾燥させ焼いてから畑にすき込む)


 を基本に農業をさせる気だが、連邦はゲヌキウス王国よりも北の寒い地方なので、山岳の寒さとは違う可能性があります。

 秋に植えた種が全く発芽しない可能性の有るのです。


 なので、畑によって1年目の春に植える作物を変えています。


1年目春:大麦・ライ麦・オーツ麦・ジャガイモ・玉葱・人参・蕪・トマト・大豆等

   秋:ライ麦・オーツ麦・ジャガイモ・玉葱・人参・蕪・トマト・大豆・大麦等

2年目春:オーツ麦・ジャガイモ・玉葱・人参・蕪・トマト・大豆・大麦・ライ麦等

   秋:ジャガイモ・玉葱・人参・蕪・トマト・大豆・大麦・ライ麦・オーツ麦等

3年目春:クローバー(家畜の放牧)

   秋:クローバー(刈り取って乾燥させ焼いてから畑にすき込む)


 少しでも収穫量が多く連作障害の伴わない組み合わせを探すのです。

 それが見つかったら、全ての畑で一斉導入する予定です。

 ただ、連邦でも北に行けば行くほど雪に閉ざされる期間が長くなります。


 もしかしたら、二毛作が不可能な畑があるかもしれません。

 最悪、全ての農地で一年一作しかできないかもしれません。

 

 ですが、諦めずに実験を繰り返すしかありません。

 もしかしたら、二年三作や三年五作ならできるかもしれないのです。


 作物の組み合わせによったら、これまでできなかった事が、できるようになるかもしれないのです!


 その手段の一つに立毛間播種という作り方があります。

 麦と大豆は、収穫と種蒔き時期が重なっています。


 ですが、麦を収穫する前に、麦の畝と畝の間、通路の所に大豆の種を蒔き、種蒔きが終わってから麦を収穫する方法があります。


 大豆の収穫時期は、麦とは逆にするのです。

 大豆を収穫する前に、大豆の畝と畝の間、通路の所に麦の種を蒔き、種蒔きが終わってから大豆を収穫するのです


 問題があるとしたら、地力を回復させるための肥料です。

 人間の排泄物から肥料が作れたら、三年目のクローバーを省けます。

 麦藁や芋茎などを家畜の餌にできれば、家畜のための作物が不要になります。


 乳肉類を食べる豊かな生活も大切ですが、その前に、全ての民を養えるだけの食糧生産量を確保しなければいけません。


 牧草などの家畜飼料は、家畜飼料しか育てられない土地で栽培すればいいのです。

 極論、牧畜は穀物や野菜を育てられない北方でやればいいのです。


「アン姉上、数日留守にするかもしれません。

 あとの事をお任せしてもいいでしょうか?」


「正直自信がありません。

 父上とは申しませんが、母上か古参重臣に後見してもらえませんか?」


「分かりました、直ぐに戻って声をかけてみます」

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