第32話:緑化3

「フラヴィオ、俺に何をさせたいのか、はっきり言ってください。

 誤解や思い違いで間違った事をしてしまうと、大切な人を死なせてしまう事もあるのですよ!」


「分かっております、若。

 今回は、若が思い上がっておられないのかを確かめさせていただきました。

 強大な力を持たれているうえに、叙爵までされたのです。

 私に確認されることなく、想いのままに振舞われるか確かめたかったのです」


「……性格が悪いというか、慎重というか」


「お褒めに預かり光栄でございます」


「後は、俺がフラヴィオに気を使うかどうかも確かめたかったのですか?」


「はい、あのような行商人に添え状を書いた事は、私の明らかな失態です。

 それを叱責しないようでは、身贔屓が過ぎますから」


「俺が罰を与えなければいけない状況を作るなんて!

 引退したいとでも言うのですか?」


「引退したくないとは言いませんが、残念ながら後進が育っておりません。

 今回は、若と私の立場を明確に知らせるためでございます。

 あとは、愚か者を誘いだす為でもあります」


「家臣領民の中に、俺とフラヴィオの上下を誤解するような馬鹿はいません。

 他家に知らしめるためなのは分かっています。

 八歳児に二番手を奪われたフラヴィオが謀叛するかもしれないと思って近寄ってくる、愚者を炙り出す為でしょう?」


「はい、丁度いい機会だと思いましたので」


「これでは、本当に俺がフラヴィオを叱責して罰を与えなければいけないではありませんか!

 なんてことをさせるのですか!」


「これも次期当主の務めでございます。

 それに、これだけではありません。

 まだまだやっていただかなければいけない事があります」


「フラヴィオは本当に鬼ですね」


「何度も褒めていただき、お礼の言葉もありません」


「今思いつくのは、もう一度王都に行って脅す事。

 今回の件で後ろ盾のなっていた貴族を殺す事。

 カルプルニウス連邦まで家畜を届け、冷酷なだけでなく、慈愛の心も持っている事を広める事。

 それくらいですが、他にもありますか?」


「慈愛の心を広めるのは、伯国の次期統治者、次期伯王だと知らしめるためです。

 その事を自覚したうえで行動していただきたいです」


「偉ぶるのは苦手なのですが、やらなければいけませんか?」


「ぜひお願いいたします」


「それで、何時頃ここを立たなければいけません?

 挿し木と接ぎ木は順調ですが、気を抜くと全て駄目になってしまいます。

 今はとても大切な時期なのです」


「根回しをするのに、それなりの時間は必要でございます。

 今回の件を王に知らせて糾弾しなければいけません。

 仮にも我が家は独立した準王国なのでございます。

 一貴族が商人を使って騙そうとしてよい軽い存在ではございません」


「王に、あいつの後ろ盾になっていた貴族の処分を要求するのですか?」


「はい、ですが、ただ要求するだけではありません。

 王の処分が納得できなければ、伯国の威信にかけて自ら処罰する。

 そう強く脅かすのでございます」


「やれやれ、俺は静かに領地開拓をしたいのですがねぇ」


「残念ながら、愚か者が多いので、定期的にこのような事が起こると思われます」


「あの馬鹿商人を処刑して、後ろ盾になっていた貴族を処刑してもですか?」


「ウェストベリー侯爵を殺さなかった事で、甘く見られているようです。

 何をやっても、殺される事も降爵される事もない。

 現実の困窮を分かっていない愚かな貴族が多いようです」


「本当にこの国は駄目な貴族ばかりですね。

 これでは直ぐに隣国に攻め滅ぼされるでしょうね」


「いえ、近隣諸国の貴族も馬鹿ばかりでございます」


「馬鹿がこの混乱の世を生き残ってきたというのですか?」


「戦国乱世だったからこそ、武力と生命力が優先されたのです。

 少々知恵の回る者でも、圧倒的な武力の前には無力だったのです。

 家臣領民も、知恵のある者よりも武力の有る者を頼ったのです」


 そうかもしれませんね。

 口にはできませんが、力こそが全てだったから、父上達は生き延びられた。

 そうでなかったら、数の暴力で皆殺しにされていたかもしれません。


「分かりました、圧倒的な武力と生命力を見せつけてやります。

 ですが、どうしてもやらなければいけない時までは好きにさせてもらいます」


「結構でございます。

 炎竜砂漠と東竜山脈の緑化は我が家の悲願でございます。

 それを可能とされた若には、できるだけ研究に時間を使っていただきたいです」


「よくそのような事が口にできますね。

 今俺に王都経由でカルプルニウス連邦に行けと言ったのは、他の誰でもないフラヴィオ自身ですよ」


「愚かで身勝手な王侯貴族が、若の実力を見誤った所為で、我が家は大損です。

 緑化に専念して頂きたい若に、余計な役目をして頂かねばなりません」


「まあ、そうですね、全部連中が悪いのであって、フラヴィオが悪い訳ではありませんでしたね」


「ご理解していただき、感謝の言葉もありません」


 フラヴィオとじゃれ合いのようなやり取りをして、八の村に戻りました。

 接ぎ木をした樹木の変化を観察記録しなければいけません。

 村ごとに専任担当者を決めてやってもらっていますが、自分でやりたいのです。


 塩分濃度が違うと思われる畑だけではなく、村の外でも実験しています。

 どの台木を使うのが一番いいのか、確かめなければいけないのです。


 優先順位は、我が家にとって必要かどうかです。

 他家に優良であっても、我が家で使えなければ何の意味もありません。


 条件によって優良さが違う事など分かっています。

 畑で定期的に耕作するのに一番良い台木と接ぎ木の組み合わせ、村外の荒地に捨て播きして一番良い台木と接ぎ木の組み合わせは違います。


 畑の使い方も、六圃輪栽式農法のどの段階で使うかによって良い組み合わせが違ってきますので、膨大な数の実験と記録が必要になります。


 緑肥として最高の組み合わせを見つける事ができたら、この貧しい大地でも、クローバーを使わなければいけない期間を減らせるかもしれません。


 ヘアリーベッチは、畑の窒素を固定してくれるだけでなく、畑の栄養分を奪う雑草が生えないようにしてくれます。


 ヘアリーベッチをトマトやナス、ピーマンやキュウリなどの夏野菜を植える一カ月前にすき込めば、とても良い栄養になってくれます。


 ヒマワリは、土壌に含まれる不溶性リン酸を可溶性リン酸に変えてくれるので、次に植える作物が吸収できるようになります。


 寒暖の差が激しい東竜山脈三千メートル付近にある我が家の畑は、気温が低くリン酸が吸収され難いので、ヒマワリはとても役に立つのです。


 ライ麦は、根野菜の大敵であるキタネグサレセンチュウやキタネコブセンチュウなどの害虫を抑制してくれます。


 根菜を植えた後にライ麦を作付けすれば、緑肥を植えた後で再び根菜を植える事ができるので、六圃輪栽式農法で収穫できる食物量を増やせるのです。


 マリーゴールドも、葉茎に含まれる成分が、サツマイモネコブセンチュウやキタネグサレセンチュウを抑制してくれます。

 花も美しいので、領民の心を癒してくれます。


 花が美しい緑肥にはレンゲもあります。

 レンゲは窒素含有量が非常に多く、すき込むと化学肥料使用に匹敵する窒素を畑に与えてくれます。


 チャガラシは、辛味成分であるグルコシノレートを多く含んでいるので、土壌殺菌効果が高いです。


 チャガラシをすき込むとガスを発生させてくれます。

 そのガスが土壌中の病原菌や害虫を減らし、ジャガイモなら黒あざ病、ホウレンソウなら萎凋病、トマトなら青枯病を減らしてくれるのです。


 緑肥用のトウモロコシは、吸肥力がとても強力で、すき込んだ後の肥料としては最適なのです。

 我が領に最適な点は、日光があれば場所を選ばず生育できる事です。


 今は我が領地の気候土壌条件に合わなくても、台木と接ぎ木を利用したら、栽培できるようになるかもしれません。


 ですが、俺は欲深いので、一石二鳥を狙っています。

 台木と接ぎ木の両方の成分、効果を表してくれる新品種の開発を目指しています。


 地中を殺菌して病害虫を抑制する効果があって、不溶性リン酸を可溶性リン酸に変え、化学肥料使用に匹敵する窒素を畑に与えてくれたら最高です。


 その上で、耐塩性に優れ、土壌の塩分を吸収してくれたらいう事ありませんが、俺もそこまで欲張りではありません。


 まずは台木と接ぎ木の二特徴を有した新品種を創り出す事が目標です!

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