第31話:行商人ドネルト

「ブレイン男爵閣下、拝謁を賜り、恐悦至極でございます」


「よくこんな遠い所まできてくれましたね」


 八の村にいた俺の所に、行商人ドネルトと名乗る奴がやってきた。

 家宰のフラヴィオが書いた添え状によると、大量の家畜が欲しいらしい。


「率直に聞くが、何処の誰が家畜を欲しがっているのですか?

 家としては、別に売らなくてもいいのです。

 家臣領民に分け与えた方が忠誠心を養えますからね」


「そこを曲げてお売りしていただけないでしょうか?

 購入を依頼してこられたのは、北方貴族の方々です」


「長年に渡って父上に嫌がらせをしてきた連中ではないですか?!

 そんな連中に売るくらいなら、さっきも言ったように民に食べさせてあげます。

 貴男も行商人なら、家の事情くらい知っていたはずですよね?

 家に喧嘩を売っているのですか?」


 余りにも図々しい話しにカッとしてしまいました。

 ですが、これくらいの事は海千山千の行商人なら分かってやっています。

 どういう説明で俺を言い包める気でしょうか?


「申し訳ありません、ブレイン男爵閣下。

 私の商会も大きくなり、幾つかの貴族様の家に出入りする事になりました。

 正式に依頼された事を、交渉もせずに断れないのです。

 こうしてお願いさせて頂いているのも、しかたなしにやらせて頂いております」


「でしたら、話しをしに来ただけで、最初から断られる気だったのですね?」


「はい、断られる事を前提に包み隠さずにお話しする予定でした。

 ですが、家畜を売っていただきたいのは本心でございます」


 最初に悪印象を与えておいて、次に正直に話して印象を逆転させる。

 この商人は、こういうやり方で貴族に取り入ってきたのでしょう。

 俺の好きなタイプではありませんね。


「家を怒らせる気がないのですね。

 でしたら北方貴族には売らないのですね。

 だとすると、北方貴族より北に売るつもりなのですね。

 カルプルニウス連邦に売るのですか?」


「流石ブレイン男爵閣下、よく見通されておられますね」


 やっぱり好きになれません。

 フラヴィオは何故こんな奴を送ってきたのでしょうか?

 何時もなら北砦で門前払いしているタイプです。


「お世辞を言っても何も出ませんよ。

 家が多くの家畜を買い占めてしまいましたからね。

 今年の秋は売りに出される家畜がとても少ないでしょう?

 何とか冬籠りに必要な家畜は確保できても、輸出する家畜がいないのでしょう?」


「はい、このままカルプルニウス連邦に家畜が届かないと、多くの餓死者がでます。

 ブレイン男爵閣下におかれましては、慈悲の心で家畜をお売りいただきたいのですが、いかがでしょうか?」


「何を馬鹿な事を言っているのですか?

 貴族に他領の民を想う心などありません!

 領主が一番に考えるのは、家の存続です。

 次に家臣領民を含めた領地の事です。

 他領の民が死のうが生きようが知った事ではありません」


 本心ではありませんが、優先しなければいけないのは確かです。

 家臣領民を危険に晒してまで他領に民は救えません。


「そこを曲げてお願いできないでしょうか?

 できる限り高値で買い取らせていただきます」

 

 いよいよ来ましたね。

 どう言う手法で騙す気なのでしょうか?


「高値ですか、幾らで買う心算ですか?

 家畜の年齢、雌雄、その時に市場に売りに出されている数で値段が決まるのは、貴男も行商人ならよく知っていますね?

 今は家畜価格が暴騰しているのですよ」


「この辺りの相場の最高値で買い取らせていただきます」


 これなら普通の交渉です。

 買い取る現地の相場で買って、売り場所の相場で売るのは真っ当な商売です。

 状況をよく見ている優秀な商人の交渉です。


「話になりませんね。

 この辺りで売買されている家畜価格は、我が家が比較的友好的な家に、優遇した条件で売り渡した価格です。

 そのような価格で売れるはずがないでしょう?

 貴男は俺を怒らせたいのですか?」


「滅相もございません。

 交渉のご挨拶代わりに提示させて頂いただけでございます」


 俺も人に厳罰を与えるのは嫌なのです。

 状況と立場が厳しい態度をさせるのです。

 少し脅かしておいて、自重を求めましょう。


「父上と俺を一緒にしない方が良いですよ。

 父上は余裕を持っておられるので、冗談も余裕で聞き流されます。

 ですが、俺には余裕がなく、冗談に腹を立てるかもしれません。

 その時はお前の首が飛ぶことになりますよ」


「申し訳ございません!

 もう二度と軽口や冗談は口にいたしません。

 どうかお許しください!」


「だったら、幾らで買い取るのかはっきりと言いなさい。

 その値段が気に食わない時には、出入りを禁止します」


「はい、私に出せる最高値を申し上げます。

 王都相場の最高値で買い取らせていただきます」


 そうきましたか……警告してやったのに、愚かな。


「この国もほぼ中央にある王都の相場ですか、悪くないですね。

 住んでいる人が多いので、ほとんどの家畜の売買記録があります。

 ですが、とても大きな条件をわざと口にしていませんね?

 お前、誰の手先ですか?

 多くの弱小貴族が、この方法で大損させられたのは知っていますよ」


 ほんの少しだけ、殺気を放ってやりました。


「申し訳ございません。

 騙す気はなかったのです。

 商人では当然のやり取りなのです」


「相場の基準日を明確に決めない事がですか?

 ここが王都から遠く離れている事を良い事に、貴男が王都を出発した日、今日、貴男が王都に戻った日のなかで、最も相場が安い日を基準にする気でしたね!

 いえ、後ろ盾になっている貴族の力で、相場を暴落させる気でしょう!」


「とんでもありません、誤解でございます、曲解でございます。

 これまでも全ての貴族の方々に、この条件でやらせて頂いていました」


「それは嘘ですね。

 お前の後ろ盾の力でどうにかできない相手には、使っていないでしょう?

 それくらいの事、調べれば直ぐに分かるのですよ!

 俺がまだ九歳だから舐めたのでしょう?

 計画さえ交わしてしまえば、父上でも破棄できないと思ったのでしょう?!」


「とんでもございません。

 ブレイン男爵閣下を舐めるなどありえません」


「入って来なさい」


 俺がそう言うと、控室にいた騎士が入ってきました。

 騎士と言っても、俺の護衛騎士ではありません。


 一度廃止した俺の護衛騎士を、そう簡単に復活させるわけにはいきません。

 そんな事をしたら、元護衛騎士達の立場が無くなってしまいます。

 だから八の村で訓練中の若手騎士に役目を与えたのです。


「この者は俺に許し難い無礼を働きました。

 このまま帰しては、私の貴族として威信が地に落ちてしまいます」


「ブレイン男爵閣下、どうかお許しください!

 この通り、心からお詫びさせていただきます!」


 形だけ土下座していますが、内心の舐めた態度が伝わってきます。

 これくらい詫びれば、八歳児など簡単に騙せると思っています。


 いえ、後ろ盾になっている貴族の力を使えば、どうとでもできると思っているのが透けて見えます。


 ここまでやられると、俺も覚悟を決めなければいけません。


「最後に形だけ詫びれば、それまでどのような無礼を働いても許される。

 そのような前例を作る訳にはいきません。

 お前には我が家だけにある罰を与えなければいけません。

 生きたまま竜に喰わせますから、村から追放してください」


「ヒィイイイイイ!

 申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません!

 この通りです、もう二度と無礼な態度はとりません!

 どうかお許しください」


 まだ若い騎士が直ぐに動いてくれません。

 俺が本気だと分からないようです。


「いいですか、よく覚えていなさい。

 俺は、家臣に命じた事を取り消す事はありません。

 この者は、他領の平民にもかかわらず、何度も注意しているのに、俺に対する無礼な言動を止めませんでした。

 そのような者に温情を与える事は絶対にありません。

 今直ぐ、俺が本気で貴男を怒る前に追放してきなさい!」


「はっ!

 申し訳ありませんでした!

 今直ぐ村から追放し、竜をけしかけます!」


「ギャあああああ!

 ゆるして、ゆるしてください!

 はらいます、賠償金を払います!

 全財産を差し上げますので、どうか命ばかりはお助け下さい!

 閣下、男爵閣下、おゆるしを、お許し……」


「黙れこれ以上閣下の手をわずらわせるな!」


 やれ、やれ、側に寄られるのも嫌な奴がようやくいなくなってくれました。

 それにしても、何故フラヴィオはあんな奴をここに寄こしたのでしょうか?

 

 俺が我慢できずに処分する事は分かっていたはずです。

 それでもここに送ったと言う事は、処罰させたかったに違いありません。


 王都にまで行ってあれだけ脅したのに、もう忘れる馬鹿貴族がいます。

 もう一度王都に行って脅かせと言いたいのでしょうか?

 脅かすだけでなく、後ろ盾になっていた貴族を殺せという事でしょうか?


 それとも、俺の考えに反対なのでしょうか?

 父上に、カルプルニウス連邦に行っていただく俺の案に反対なのでしょうか?

 カルプルニウス連邦の現状を考えて再検討して欲しいと言う事でしょうか?


 俺が男爵位を得た事で、これまでのような諫言をしてくれなくなりました。

 以前のように直言して欲しいのですが、してくれません。


 自分でよく考えて欲しいと言う、一人前の対する態度なのでしょうが、突き放されたようで少々寂しいです。


 前世の年齢から考えれば当然の事なのですが、この姿で八年も過ごしてしまうと、考え方や態度が八歳児に寄ってしまいます。

 気を緩めている時には、子供のように振舞ってしまいます。


 父上と母上に、フラヴィオと話す事が有ると伝えましょう。

 ちょっと魔力を使うだけでいつでも会えるのです。


 想像で動いて間違ってしまうのはいけません。

 人間なのですから、ちゃんと話し合って間違いのないようにしましょう。

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