第22話:危急存亡
俺が急いで使者の居る所まで行くと、使者は倒れそうなくらい疲弊していました。
そのような状態なのに、気力を振り絞って報告しようとしています。
話しを聞く前に、とてつもない緊急事態だと分かりました。
死にそうなくらい疲れている軍馬も、家で一二を争う健脚です。
その駿馬を潰さないギリギリの速さで駆けさせてきたのです。
領地がどれほど危険な状態なのか!
心臓がバクバクと跳ね回り、口から飛び出しそうです。
「わ、か、いちのむらが、りゅうに、おそわれました。
かちくを、はなって、たみは、ちかに、こもりました」
「後からついて来い!」
俺はそれだけ言うと全力で駆けました!
父上の強さに合わせていた身体強化を完全開放しました!
こんな事ならワープやテレポーテーション、ゲート魔術を試しておくべきでした!
今使えたら、直ぐに一の村に駆け戻れたのに!
「わ……」
レオ達が何か言っているようですが、もうはるか後方の置き去りです。
何を言っているのか全く聞き取れません。
音速を超えるとソニックブームを発生させてしまうので、ギリギリの時速1100キロメートルくらいに抑えて駆けました。
北砦、中砦、南砦で挨拶する気もありません。
空堀も城壁も飛び越えて行きました。
見張りに見つけられる事もなく、一気に駆け抜けました。
四の砦、五の砦、六の砦には近づきもしませんでした。
全力をだせるのなら、馬車を使うための道を通る必要はありません。
大岩も陥没も流砂も無視して駆け抜けられます。
障害物を迂回しなくてもいいので、北砦から一の村までの百六十キロをわずか九分で駆け抜ける事ができました。
使者から知らせを受けた野営地から考えても、十三分で一の村に辿り着きました。
「ボケカスが、死にさらせ!」
この世界では、男爵家の公子として育てていただいたので、言葉遣いが丁寧になっていたのですが、思わず前世のような悪態がでてしまいました。
悪態をつくと同時に、一の村があった場所にいる竜共をぶち殺してやりました!
瞬殺とまでは言いませんが、それに近い大虐殺です。
竜共も同じように家畜を虐殺していますから、当然の報復です。
俺は急いで何とか形を残している本丸に向かいました。
非常時に村人が逃げ込む頑丈な砦です。
今回はその頑丈な砦の壁が破壊されています。
竜というのは、小型でもそれだけの力があるのです。
ですが、そんな事は村を築いた時から分かっていた事です。
当然、竜が襲ってきても大丈夫なように造っています。
本丸、砦の中央には、地下壕に続く重く頑丈な石造りの扉があります。
竜や魔獣が開けられないように、床に造られたとんでもなく重い扉を、上にひっぱって開ける仕組みになっています。
これなら竜や魔獣が、体当たりで破壊する事ができません。
中から閂を掛ける仕掛けなので、竜や魔獣の力でも開けられません。
「大丈夫ですか?
俺です、フェルディナンド」
俺は扉を守っているであろう見張りに声を掛けました。
とんでもなく分厚く頑丈な扉なので、声が届かない可能性もあります。
そう言う時のために、モールス信号を参考にした伝達方法を作ってあります。
「直ぐに開けます」
「閂さえ抜いてくれればいいですよ。
扉は自分の力で開けます」
「おおおおお、若、よくぞ助けに来てくださいました」
村長役の騎士が感涙にむせび泣いています。
自ら一番危険案場所の見張りを買って出ていいたのでしょう。
彼の背を撫ぜながら、地下壕の奥に進みます。
最悪の状況を想定して造られている地下壕です。
大型の竜や魔獣が入り込めないように、細長く造られています。
地上から掘り返されないように、厚く頑丈な石畳の下に長く伸びるように掘り造られているので、途中で何カ所も厚く頑丈な扉が設けられているのです。
「ここに逃げ込めなかった者は何人いる?」
「大丈夫です。
逃げ遅れた者は一人もいません。
全員です、全員逃げ込めました。
雪狼達が、竜の接近を教えてくれたのです。
急いで緊急事態の太鼓を叩き、狼煙をあげました。
家畜を全て砦の外に放ち、雪狼達も犠牲になってくれました」
泣き止んだ村長騎士が一気に報告してくれます。
「……我々のために雪狼達が……」
見るからに猟師という姿の男が、悔しそうにつぶやいています。
申し訳ないのですが、一の村が無事だと分かったのなら、村長や猟師の感傷に付き合ってやる時間が惜しいです。
「他の村が気になります。
水と食料に余裕があるのなら、このまま籠っていなさい」
「はい、まだ大丈夫です。
狼煙は上げましたが、ちゃんと伝わっているか分かりません。
他の村は、雪狼が危険を察知しなかった可能性もあります」
俺はその言葉を最後まで聞きませんでした。
マッハの速さで地下壕から抜け出し、しっかりと押し上げなければ開かない扉を閉め直して、竜や魔獣が開けられないようにしました。
地下壕の外には、俺が斃した小型の亜竜が十八頭斃れています。
一瞬だけ迷いましたが、村を再建するにはお金と物資が必要になります。
アイテムボックスやストレージと言われる魔法を使って保管しました。
もう自重などしていられません!
多くの家が破壊され、城壁も五分の一がなぎ倒されています。
そんな一の村から一気に二の村に駆けました。
加速に少しだけ時間がかかりましたが、亜音速で駆けると、十キロメートルなんて一分もかかりません。
減速する事なく二の村に居ついていた小型の竜を皆殺しにしました。
反転するのに莫大な力を必要としましたが、本気で身体強化魔法を使えば、とてつもない反動が筋肉や関節にかかっても平気です。
「ぶじか?
誰も欠けていないか?」
先ほどと同じように、村の本丸と言える場所にある地下壕に、多くの村人が避難していたので、村長役の騎士に状況をたずねました。
「一の村の狼煙を見て、直ぐに三の村に向けて緊急の狼煙を上げました。
戦えない村人を全員この地下壕に避難させました。
しばらく様子を見ていたのですが、雪狼達が危険を知らせる遠吠えをあげ始めたので、狼煙を信じて家畜を外に放ち、全員でここに籠りました」
「いい判断です。
一の村は、村人は全員助かりましたが、村はほぼ全壊していました。
ここの上も、小型の竜に、半壊にされています。
俺は三の村以降の無事を確認して回らなければいけません。
俺が戻って来るまでここに籠っていなさい。
水と食糧はまだありますね?」
「大丈夫でございます。
水は非常用の井戸がありますし、食糧は三年分の蓄えがあります。
生麦を食べてでも、若が戻られるのをお待ちしております」
「そんなに待たせたりしませんよ。
俺が戻るまで、ここを出てはいけませんよ」
俺の表情や態度に余裕がなかったのでしょう。
二の村の村長が軽口を叩いてくれました。
ほんの少しですが、気が休まりました。
地上に斃れている小型の竜二十四頭を、急いでアイテムボックスに収納して、三の村に向かって全速力で駆けました。
十キロを移動するよりも、亜竜を皆殺しにするよりも、地下壕に隠れている人々の安否を確認する方が時間がかかります。
心のどこかに、他の村など素通りして、八の村におられる母上と姉上達の安否を先に確認したいと言う、個人的な欲望があります。
ですが、そのような欲望を優先してしまったら、父上と母上に失望されるどころか、蔑まれてしまう事が分かっています。
なので、焦る心を押し殺して、村の有る順番通りに竜を退治します。
地下壕に避難している領民の安否を確認します。
父上と母上、五十年戦争とその後の動乱期を生き残った古強者達の教えがよかったのでしょう。
最悪の状況を知らせる色の狼煙を疑う者はませんでした。
とてもとても大切な家畜を囮にして、地下壕に逃げ込んでくれていました。
欲や怠惰で判断を誤る事もなく、地下壕に逃げ込んでくれていました。
そうです、家臣領民さえ無事なら村の再建など簡単にできます。
父上は、東竜山脈に村を築かれた時から、最悪の状況を想定され、村を全壊される事があっても、民だけは助ける方法を用意されていたのです。
最初の村、一の村を築かれてから十四年経ちますが、未だに最初の危機感を失うことなく役目を務める者ばかりです。
卑怯下劣で、直ぐに当主を裏切るようなマーガデール男爵一族とは違います。
家臣領民も、あの家とは違って、命懸けで役目を果たしてくれていました。
自分の家自慢は恥ずかしい事だと分かっているのですが、自家を誇る気持ちを抑える事ができませんでした。
「じゃまです、さっさと死んでください!」
我が家なら、特に母上がおられる八の村なら、七の村が狼煙もあげられずに壊滅するような事があっても、全員で地下壕に避難していてくださる。
五の村の無事を確認した時には、そう思えるくらい心が安定していたのですが、六の村を席巻する中型肉食竜の群れを見たら、再び不安が沸き起こってしましました!
その不安を払拭するように、三十二頭もいた中型肉食亜竜に怒りをぶつけ、一瞬で皆殺しにしてやりました!
どうか、この村の人々が地下壕に避難してくれていますように!
この村の人々が無事なら、七の村や八の村に狼煙が届いています。
中型竜が地下を掘り返した痕跡はないでしょうね?!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます