第21話:見切り

 自分でも何を言っているか分からないような、無理無体な話をして、何とか狂信者を丸め込む事ができました。


 問題は領主、男爵になりたい者が複数いる事です。

 今証言すると言った者達が、足を引っ張り合っては困ります。

 多少の張り合いはかまいませんが、裏切りは許せません。


「あの領地を引き継げる者は独りしかいません。

 ですが、我が家の忠誠を誓う者は複数います。

 なので、新たな領地を作ってあげましょう。

 民は、王都などで困窮している者を集めればいいだけです」


 口で説明するだけでは信用してもらえないようです。

 我が家に忠誠を誓うと言ったばかりなのに、不信な表情をしています。

 もっと力を見せつけてやらないといけないようです。


「これでどうだ、これだけの魔樹があれば、領都と同じ規模の都市を新たに造る事ができます。

 これだけの小竜があれば、千人の奴隷を買って働かせる事もできますよ」


 これだけ言っても反応が悪いです。

 新たな都市を造る手間や苦労が嫌なのでしょう。


 こんな怠惰で身勝手な奴らなど、絶対に家臣に加えたくないです。

 とはいえ、証言する者は必要なので、少しは我慢しなければいけません。


「新たな都市を築くのが面倒だと言うのなら、マーガデール男爵家に仕える騎士の村を奪ってあげましょうか?

 それなりの騎士の領地なら、二百人や三百人の村もあるでしょう?

 働きが一番ではなかった方には、そんな村を領都の代わりに差し上げましょう」


「「「「「……」」」」」


 ここまで譲歩してやったのに、不満そうな表情をしています。

 こんな連中にこれ以上の譲歩は必要ありませんね。


 証言者は、次男と若返り女と狂信女の三人で十分です。

 他の者は忠誠心が足らないと言って切り捨てましょう。


「どうやら本心から忠誠を誓う者は少ないようですね。

 俺がこれほど譲歩していると言うのに、不満を隠そうともしていません。

 こちらが提案した待遇が気に食わないと言うのなら、これまで通り捕虜として扱いますが、自業自得だと思ってください。

 証言をしてもらう人は、貴女と貴女です」


 名前も知らないので。二人の女性を貴女呼びしました。

 次男は名を呼ばず、心を入れ替えるまで反省させます。

 しばらく捕虜生活に戻れば、自分の立場をわきまえるでしょう。


「お待ちください!

 私が悪かったです!

 自分の立場も弁えず、身勝手な態度を取ってしまいました」


「ぼくも、僕も悪かったです、お許しください!

 都市の開拓でも騎士領の切り取りでもかまいません!

 捕虜に戻すのだけはお許しください!」


「私が思い上がっておりました、どうかお許しください!

 新たな都市を開拓する支援をして頂けるのも、騎士の領地を切り取っていただくのも、捕虜には考えられない高待遇なのを忘れておりました。

 そのような厚遇をしてくださる公子様に対して、あまりにも醜い態度を取ってしまった事、伏してお詫びさせていただきます。

 改めて忠誠を誓います。

 国王陛下の前でウェストベリー侯爵の指図だったと証言させていただきます。

 ですので、どうか家臣として召し抱えてください!」


 俺が本気で怒っている事と、切り捨てる気になった事を理解したのでしょう。

 土下座をする事で、何とか許してもらおうとしています。

 あまりにも遅すぎますし、愚かすぎますね。


「ではもう一度だけ忠誠を誓う機会を与えてあげましょう。

 自分達だけでなく、粗相をした者達も清潔にしなさい。

 今から我が領に帰るまでの態度で、誰を家臣に加えるか決めます」


 俺はそう言って捕虜との会話を打ち切りました。

 これ以上、身勝手な馬鹿を相手に時間を浪費するのが嫌だったのです。

 馬鹿の相手は荷役に任せました。


 相手が荷役だからといって、横柄な態度を取るようなら、その場で人質に逆戻りさせてあげます。


 自分達が愚かな言動をした事で、荷役以下の立場に落とされたと理解できるのなら、まだ手先に使える可能性もあります。


 理解できないようなら、手先に使う訳にはいきません。

 今回と同じような失敗を、ウェストベリー侯爵の罪を糾弾する場でやられたら、全てが台無しになってしまいますから。


「若、連中、醜い言争いを繰り返しています」


 俺が夕食休憩を取っていると、荷役の一人は報告に来てくれました。

 荷役とは言え、我が家に仕える者達です。

 他家の騎士くらいの実力はあると信じています。


「貴方達に食って掛かって人質に戻された者はいなかったのですか?」


「残念ながら、そこまでの馬鹿はいませんでした。

 言いかける者はいたのですが、周りの者が期待するような態度を取ってしまったので、慌てて言いかけた言葉を飲み込んでいました」


「それは残念でしたね。

 ライバルが思いと止まってしまうような態度を取ってしまうとは、ろくな者がいないのは分かっていましたが、想像以上に無能なようですね」


「我々のような者の考えなど、若に考えの万分の一にも満たないと思いますが、念のために申し上げさせていただきます」


「聞かせてもらいましょう」


「誰でもいいので、若の直感で決められれば良いのではありませんか?

 決めた後で、何を言うのか叩き込めばいいと思うのですが、何か問題があるのでしょうか?」


「問題は、北砦も捕虜にした盗賊達と同じです。

 拷問されたら、俺に指示されたと言ってしまいます」


「ですが若、若もその場に行かれるのですよね?

 若がおられるのに、連中が捕らえられる事はないのではありませんか?」


「ええ、父上か俺がその場にいたら、連中が捕まって拷問される事はありません。

 ですが、何かがあって、父上も俺も王都に行けない事もありえるのです。

 領地がウェストベリー侯爵に襲われるような事があると、急いで戻らなければいけなくなります」


「若が発明された大型弩砲と羽根矢があれば、万の大軍が襲ってきても大丈夫なのではありませんか?」


「はい、まず間違いなく、俺がいなくても守り切れるでしょう。

 ですが、俺は後継者なのです。

 父上に留守を任されたのです。

 他の領地を切り取る為とは言え、本貫地から離れる訳にはいかないのです」


「家宰のフラヴィオ様が居られてもですか?」


「これが父上とフラヴィオならば、臨機応変の行動もいいでしょう。

 当主である父上なら、どのような決断も許されます。

 ですが、俺は次期当主候補でしかありません。

 姉上達の誰かが後継者に選ばれる可能性もあるのです。

 領地を護る事が何より優先されるのです」


「分かりました、余計な事を口にして申し訳ありませんでした」


「いえ、いえ、構わないですよ」


 荷役が不思議がるのも分かります。

 歴戦の傭兵であるフラヴィオが北砦を守ってくれているのです。

 攻城軍を一撃で壊滅させられる新兵器も配備されています。


 その状況で領地の事を心配し過ぎるのは、弱気だととられるのも当然です。

 上に立つ者は、時に自信満々に振るまわなければいけないのです。


 さて、本当にどうするべきでしょうね?

 敵を欺くには味方からと言いますから、今荷役に言った事を守るとは限りませんが、全くの嘘を口にした訳でもありません。


 状況によって、臨機応変に策を変える事が大切なのです。

 父上が何処におられるかによっても、取れる策が違ってきます。

 今は国境近くにある侯国に滞在されています。


 国土の広さも国民の数も、我が国の男爵家ていどしかない弱小侯国です。

 カルプルニウス連邦では、国民数が一万程度でも侯国をなのれるのです。


 そんな弱小侯国を含めた、大小合わせて三百余の国々が緩い連邦を組んでいるのがカルプルニウス連邦なのです。


 父上に与えられた役目は、三百余の国家から、ゲヌキウス王国に寝返る国を作る事なのですが、実際は父上を領地から引き離す陰謀です。


 父上も俺も、そんな見え透いた陰謀は先刻承知なので、父上はできる限り国境近くの侯国を巡り、何時でも領地に戻れるようにしています。


 ですが、敵も父上がそういう対応をする事を予測しているでしょう。

 当然ですが、もっと国境線から離れた国を誘えと命じてくる事でしょう。


 問題はその時に勅命に従うかどうかです。

 何も問題がなければ、勅命に従わなければいけません。

 問題が起こってくれたら、勅命に従えない場合も出てきます。


 予定では、敵の盗賊団が領地を襲った事を理由に戻る事になっています。

 ただ、こちらの使者が途中で殺されてしまう可能性があります。


 他にも何か突拍子もない問題が起こって、予定通りに帰領できない事もありえるので、その時にどう対応すべきか考えておかなければいけません。


「若、奥方様から伝令でございます!」

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