第2章

第9話:帰領

 新しく発見し、見事に狩る事ができた竜を赤茶棘竜と名付けました。

 本当なら赤茶棘亜竜と呼ぶべきなのですが、亜を入れてしまうと商品価値が下がってしまうので、あえて亜を入れませんでした。


 そこ後、全ての村で塩場を探しました。

 探しただけでなく、発見した場所の岩や土を村よりも上に運びました。

 そのお陰か、それ以降は赤茶熊や竜が下りて来る事はありませんでした。


 それだけでなく、人口塩場に草食の魔獣や猛獣が集まりだしたのです。

 草食獣を狙う肉食獣や雑食獣も集まりました。

 お陰で狩りがとても楽になりました。


 強すぎる魔獣や猛獣を危険を冒して狩れとは命じません。

 十分な安全を確保したうえで、狩りをするように厳命しました。

 今年の初めに予想していたよりも遥かに多い獲物が手に入るようになりました。


 そんな忙しい日々はあっという間に過ぎていきました。

 父上が長期の買い出しに行かれてから半年が経ち、帰領予定日が近づくと、俺は竜爪街道北砦に常駐するようにしました。


「父上、ご無事の御帰還、お喜び申し上げます」


 父上が帰領されました!

 塩はもちろん、塩を運ぶための新しい駄載獣も買って戻られました。


 水不足の激しい我が領でも安心して飼える、若い雌を中心にした駱駝を百頭少し購入して戻られたのです!


「出迎え御苦労、何か危険な事はなかったか?」


「全ての村の周りに、魔獣や猛獣が下りてきました。

 特に問題だったのは、亜種の地竜と赤茶熊が下りてきた事です」


「そうか、大変だったな。

 積もる話もある。

 詳しい話しは砦で聞こう」


 父上との語らいはとても貴重な時間です。

 七歳に成ったばかりとは言え、もう一人前扱いされています。

 貴族としての責務があるので、父上に甘える事ができないのです。

 

 翌日は、早朝から八の村に向かう移動です。

 寝不足では不測の事態に対処できません。

 話は尽きませんが、程々で切り上げなければいけません。


 それに、無理に一晩で話さなくても、時間は十分あります。

 北砦から八の村までは、順調に行っても十三日かかるのですから。


「神様からの啓示で知ってはいましたが、現実に見るのは初めてです。

 びっくりするほどたくさん水を飲むのですね」


 前世も含めて初めて駱駝を目の当たりにしたのです。

 驚くのも感動するのも仕方がありません。


「ああ、俺も初めて見た時は驚いた。

 嫌がるまで飲ませると、六十日は水を与えなくても生きていける。

 流石に三十日飲ませないと瘤が小さくなってしまうし、水を飲みたがる」


 領地に戻るまでに色々と試されたようです。

 父上は脳筋ですが、馬鹿ではありません。


 多くの事の興味を持たれ、確かめようとされます。

 最終的に力に頼ってしまわれるだけです。


「三十日も水を我慢できるなら、八の村まで往復するのに全く水を与えなくても大丈夫なのですね」


「ああ、ここ、地竜森林で腹一杯水を飲ませたら、村の水を使うことなく荷物を運ばせる事ができる。

 こんな家にあった家畜がいるとは思いもしなかった。

 こいつを手に入れられたのはフェルディナンドのお陰だ」


「いえ、全て父上が努力されてきたからです。

 苦しい中でも頑張られ、蓄えに手を付けずにおられたから、必要な時に必要な物を買う余力が残っていたのです」


「いや、今回も蓄えに手を付けずにいれたのは、フェルディナンドが画期的な農法を我が家に取り入れてくれたからだ。

 あれがなければ、流石に今回は蓄えを取り崩していた。

 それどころか、これほどの家畜がいる事を知らずにいた」


 父上と俺は互いを称えあったが、親子で褒め合うのは結構恥ずかしい。

 まして家臣が見守っている場では、居たたまれなくなる。

 だからすぐに褒め合うのは止めて、積もりに積もった話をした。


「父上、いつもの道と違う登り方をします」


「話してくれた、塩場に案内してくれるのだな?」


「はい、塩場の有る場所の奥深くに、塩の塊が埋まっているかもしれません。

 もしかしたら、他国にあるような岩塩鉱山を見つけられるかもしれません。

 それと、父上が持ち帰ってくださった塩は、果実を塩漬けにする事で水になって流れてしまわないようにします。

 村は乾燥していますから、水になる心配は少ないですが、念のためです」


「そうだな、せっかく持ち帰った塩が、水になってしまうのだけは防ぎたい。

 途中の関所や交易で半分は使ってしまったが、まだまだ量がある。

 野草や山菜を使って塩を保存するよりは、果実を使って保存した方が長持ちするのは、俺も長年の傭兵経験で知っている。

 それと、岩塩鉱山と呼ぶほどではなくても、ある程度の岩塩が埋まっているのなら、全力で魔法を使ってでも掘るが、神の啓示はなかったのだな?」


「残念ですが、今回の啓示は不確実なのです。

 この辺に、あるかもしれない程度の啓示なのです」


 俺は前世の知識で分かる事を、神の啓示だと両親には説明しています。

 そう言っておかないと、両親に気味悪がられてしまいます。


 いくら前世の知識があるとは言っても、身体は赤ちゃんで生まれてきます。

 心は身体に影響されるのか、子供として可愛がってくれる父上と母上に気味悪がられるのは、絶対に嫌だったのです。


 まあ、俺が父上と同じ魔法を使えるので、父子の絆はとても強いです。

 お腹を痛めて生んでくださった母上も、僕が何を言ってもやっても、惜しみない愛情を注いでくださいます。


 そんな両親に育てられたら、前世の記憶があろうと実の両親だと思えるものだと、言い切る事ができます。


「ほう、もう既に結構な深さまで掘られているが、掘った分は、話してくれていたように、上に運んでいるのだな?」


 上から猛獣や魔獣が下りてこないように領民が掘り返した塩場を見て、父上が質問してこられました。


「はい、このお陰で、亜竜と赤茶熊が下りて来て以降は、全く問題なく過ごせるようになりました。

 それだけでなく、人工の塩場に獲物が集まる事で、狩りが簡単にできるようになりました」


「ふむ、岩塩として使えないような質の悪いモノでも、十分使い道があるという話だったな」


 父上が移動の間に話させてもらった事を確認されます。

 何事も、話を聞くだけでなく、現場を見て確かめた方が良いのです。


「はい、魔獣や猛獣を狩る為だけではありません。

 山羊や鶏といった家畜に塩分を与える為だけでもありません。

 軍事や輸送に不可欠な軍馬や驢馬、こうして新たに手に入れた駱駝も、塩分を多く含んだ岩を厩舎に吊るしておけば、人間用の塩を節約できます」


「そうか、だったら少し掘っていくか?」


「そうですね、ここまでに使った水の分くらいは運べると思います」


 竜爪街道北砦から六の砦までは平らな炎竜砂漠なので、荷車を使える。

 だが六の砦から一の村までは山道になるため、駄載獣が馬車を牽くのではなく、専用の籠に荷物を載せて運ぶことになる。


 普通は駄載獣の背中に付けた籠に乗せられる荷物よりも、荷車に乗せた荷物の方が量が多いので、平地の輸送には籠よりも荷車が使われる。

 だが碌な道がなく急な上下もある山道では籠を使うしかない。


 当然だが、六の砦を出たばかりだと、駄載獣は精一杯に荷物を背負っている。

 岩塩を掘り返して運ぶ塩場は、六の砦から一の村に行くルートの中では、一番六の砦から離れた場所にある。


「じゃあここを掘り返すぞ!」

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