第8話:赤茶棘竜
「村に近づけさせるな!
赤茶熊と同じようにやれば必ず狩れる!」
「「「「「おう!」」」」」
こんな場所にいるはずのない、地竜に遭遇してしまって茫然自失になりかけていた護衛騎士と狩人達が、俺の言葉で正気を取り戻しました。
流石、歴戦の騎士と狩人です。
正気さえ取り戻せば、竜が相手でも普段通りに動けます。
今度も目か耳を射抜こうと、竜の周囲を遠巻きにします。
俺達人間が囲んでいるのに、竜は悠々としたものです。
人間ごとき相手にもならないという態度です。
父上と地竜森林に入った時に何度か見た竜によく似ています。
体色は全く違いますが、背骨に沿って生えている鋭い棘姿は瓜二つです。
「うっわ、血を飲んでやがる!」
護衛騎士の一人が思わず叫んでいます。
その気持ちは分かりますが、とても危険な行為です。
もう二度とやらないように注意しておかなければいけません。
この棘を生やした竜は、恐らく草食なのでしょう。
何かが原因で、この地に住む事になった竜か、その子孫なのでしょう。
肉食だったら大丈夫だったのでしょうが、草食だから塩分の補給に困ってしまい、動物の死骸を食べていたのでしょう。
これで赤茶熊が村のある所まで下りてきた理由が分かりました。
動きの悪い草食竜では、悪栗鼠はもちろん、一角羚羊や大角鹿のような動きの素早い草食動物を斃す事はできません。
何かで死んだ動物の遺骸を食べる事ができればいいのでしょうが、遺骸を探し出して食べるのは雪狼や雪豹の方が得意で、食べられなかったのでしょう。
「ウォーン!」
「ウォン!」
「ウォン、ウォン、ウォン、ウォン」
雪狼達が、赤茶熊の時と同じよう竜を牽制しようとしてくれます。
ですが、竜は全く気にしていません。
一心不乱に赤茶熊の耳から流れ出す血を舐め続けています。
「皆、細心の注意を払いつつ、足を止めて急所を狙いなさい」
俺がそう言うと、狩人を中心に竜に近づきます。
竜が自分達を相手にしていない事を利用しようとしています。
とても危険な行為ですが、同時に四方八方から矢を放てば、その危険を分散する事ができます。
「放て!」
ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン。
ヒュゥウウウウウウ!
俺の指示を待ってくれていたのでしょう。
昨日今日と、連続して赤茶熊を斃したレオナルドに期待してくれていたのもあるでしょう
俺とレオナルドが絶好の位置につくまで待ってくれていたのです。
彼らよりも遠い場所にいる俺達を待って矢を放ってくれました!
ガァアアアアア!
竜の断末魔です。
この状況で魔法を出し惜しみするほど馬鹿ではありません。
俺の代わりにレオナルドが目立ってくれますから、バレる可能性も低いです。
「やった、魔法なしで竜を斃したぞ!」
「何言っていやがる、竜を斃した矢はお前のじゃねぇぞ」
「そんな事分かっている。
だが狩りは共同作業だ。
誰が獲物を斃しても、狩りに参加した者全員の獲物だ」
「そりゃそうだけどよ、今回は俺達だけの狩りじゃないからよぉ」
狩人達がチラチラと俺とレオナルドに視線を送ってきます。
今回ばかりは俺が決める訳にはいきません。
「その通りだ、赤茶熊を斃せたのも竜を斃せたのも、一緒に命を賭けてくれた狩人はもちろん、雪狼達もいてくれたからだ。
当然狩人の仕来りに従って手柄はここにいる全員のモノだ」
「「「「「ウォオオオオオ」」」」」
全員が大声を上げて喜んでいます。
特に狩人が大歓声をあげています。
護衛騎士達は名誉が損なわれないように喜びを押し殺しています。
彼らが喜びを爆発させるのも当然です。
ブレスの吐けない亜竜であろうと、竜は竜です。
その買い取り額は恐ろしく高価なのです。
父上がこの地を男爵領として受け取った当初は、地竜森林での狩り以外は全く何の利もない地でした。
そんな不毛な地で千人を越える民を養ってきたのです。
幾ら世界最高の身体強化魔法使いでも、高価な竜を狩れなければ不可能でした。
とんでもなく高価な竜が狩れなければ、父上は蓄えを切り崩して戦災寡婦や戦災孤児ばかりの領民を養っていた事でしょう。
父上はそのような苦しい状況で領地の開発までされたのです。
炎竜砂漠に砦を築き、東竜山脈南麓に村まで築かれたのです。
俺も負けてはいられません。
「竜と赤茶熊を魔獣や猛獣に奪われるわけにはいきません。
誰か村に行って回収の人手を集めて来てください」
「「「「「はい!」」」」」
狩人全員が返事をしてくれましたが、顔を見合わせて誰が村に報告に行くのか目で相談しています。
村に報告に行った者はヒーローになれますから、皆自分が行きたいと思っているかもしれませんが、ちゃんと順番が決まっているはずです。
争うことなく掟通りにやって欲しいです。
護衛騎士達は、何かとんでもない事が起きない限り、俺の側を離れる事はありませんから、ここで俺と一緒に獲物の見張りです。
★★★★★★
「フェルディナンド、魔法の事は気付かれていませんね?!」
「絶対とは言えませんが、大丈夫だと思います」
「今回は仕方がなかったですが、できるだけ目立たないようにしなさい」
「はい、気をつけます」
「それにしても、この辺りに地竜の亜種がいるとは思いませんでした。
まさかとは思いますが、東竜山脈を越えてやってきたのでしょうか?」
「それは違うと思います。
体色がこの辺りの赤茶色に変化していましたから、長い時間をかけて進化したのだと思います」
「では、伝説にある、炎竜が竜山脈を爪撃で切り裂いて竜爪街道を作った頃に、地竜森林からこちらに移動してきたのでしょうか?」
「それは分かりませんが、少なくとも百年や二百年はこの地に住み続けないと、体色まで変わらないと思います」
「一頭だけではないかもしれないのですね」
「その可能性を考えておかないと、領民を守り切れません」
「塩が不足したのが原因だと思っているのですね?」
「はい、地竜森林では草食だった竜が、赤茶熊の血を貪るように飲んでいましたから、まず間違いないと思っています。
最初の赤茶熊を手負いにしたのも竜でしょう。
もし番や子供がいたら、続いてやってくると思われます」
「どう対処すればいいと思っているのですか?」
「ここから西に1000メートル、上に500メートル登ったところに、今回発見した塩土を運ぼうと思っています。
そうすれば、塩分不足になった竜が下りて来なくなるかもしれません」
「本当にそんな事で竜が下りて来るのを防げるでしょうか?」
「絶対ではありませんが、何もしないよりはいいと思っています。
ここだけではなく、他の村の事も考えれば、やれることは何でもやらなければいけないと思っています」
「フェルディナンドがいてくれてよかった。
インマヌエルがいなくても何とかなりそうね」
「俺を信じて領地を離れられた、父上の期待を裏切るわけにはいきません。
ありとあらゆる可能性を考えて、できる限りの準備をします。
明日から、塩土を掘り返して運ぶ作業に領民を動員しなければいけません。
指示の方を宜しくお願いします」
「もう護衛騎士と狩人を指揮して赤茶熊と竜を狩ったのです。
フェルディナンドをあなどる者はいないでしょう。
フェルディナンドが先頭に立って領民を動員しなさい」
「しかし母上、俺は目立ち過ぎない方が良いのではありませんか?」
「もう十分目立ち過ぎています。
六歳で先頭に立って護衛騎士と狩人を指図して、赤茶熊と竜を狩る者など、聞いた事も見た事もありません。
これだけの実績を見せた男爵家の跡継ぎなのに、手柄を隠す方がおかしいです。
男爵家を継ぐにしても、子爵への陞爵を狙うにしても、派手に手柄を吹聴するのは普通の跡継ぎがする事です。
吹聴しない方が、何かあると疑ってくれと言っているようなものです。
護衛騎士の手柄を盗んだと疑われるくらい、派手に宣伝しなければいけません」
「申し訳ありません、母上」
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