第7話:塩場

「「「「「メェエエエエエ」」」」」


 八の村から東竜山脈を見上げるように見て左周りで巡視します。

 最初は八の村から500メートルほど登った場所から、七の村に向かって横移動したのですが、何もありませんでした。


 1000メートルほど横移動してから下り始めました。

 3000メートルほど降りる間に、雪狼が悪栗鼠や小蜥蜴を狩って主人に届ける姿を何度も見る事ができました。


 八の村を基準に、七の村方向に1000メートル、そこから下に2500メートルほど下りたところに、俺の予測通り、雄山羊達が岩や土を食べる場所がありました。


 地形から考えれば、炎竜が水分を蒸発させていなければ、地下水脈が地上に現れて、沢になって炎竜砂漠に流れ込んでいたと思われる場所でした。


 とても大切な武器であり、輸送のための動力でもある軍馬と驢馬には、優先的に塩を与えているので、岩や土を食べる事はありませんでした。


 つまり軍馬や驢馬が先を争って食べるほどの塩場ではないのです。

 塩分を与えていなかった山羊が欲しがる程度の塩場です。


 ですが、ここだけが塩場と決まったわけではありません。

 他の地下水脈の下流にも、塩場がある可能性が高まりました。


 炎竜砂漠から上に500メートル前後の場所に、塩場が集中している可能性があり、重点的に調べる事にしました。


「「「「「メェエエエエエ」」」」」


 可哀想ですが、満足するまで塩分を補給させるわけにはいきません。

 必死で岩をかじり土を食べる雄山羊達を追い立てて、他に塩場がないか移動させたのですが、その甲斐はありました。


 炎竜砂漠から200メートルから600メートルの高さ。

 八の村のある場所を基準に考えると、西に800メートル東に900メートル。

 その一帯に一六ケ所もの塩場があったのです。


「若、流石です。

 八の村の下だけでもこれだけの塩場があったのです。

 他の村の下にも塩場があるに違いありません」


 普段は物静かなレオナルドが凄く興奮しています。

 他の護衛騎士と狩人達も同じように喜んでくれています。


 彼らも長年塩を大切に食べていたから、この発見が領地にとってどれだけ重要な事なのか、よく分かっているのです。


 家畜を殖やせるようになったのはごく最近の事ですが、塩分が不足する家畜は領民の小便を飲んで塩分を補給しようとするから、短期間でも大切さが身に染みます。


 そのお陰で、家畜がとても早く人間に慣れてくれるのですが、男は気をつけないと大切な所を食い千切られてしまいます。


「そうですね、山頂の飛竜が下りてこないと確信できたら、他の村もこの高さに沿って塩場を探すようにしなければいけません。

 ですが、今は村々の安全、家臣領民の安全が何より大切です。

 飛竜はもちろんですが、魔獣や猛獣の様子も探りますよ」


「「「「「はい!」」」」」


 時間一杯まで塩場を探したいのですが、八の村まで安全に戻れる余裕を残して、東竜山脈を登らなければいけません。


 余裕を持つのは、途中で雪狼が狩りをする時間だけではありません。

 魔獣や猛獣と遭遇する可能性も考えておかなければいけません。


 ウゥグゥウウウウウ!


 馬や驢馬だけでなく、山羊や狩人達全員が少しでも楽ができるように、ジグザクに東竜山脈を登っていたのですが、事もあろうにまた赤茶熊の声が聞こえてきました!


「ウォーン!」

「ウォン!」

「ウォン、ウォン、ウォン、ウォン」


 村を守る為に残しておいた雪狼が大きな声をあげています。

 迎え討つのではなく、村から引き離す戦い方をしています。


 昨日の赤茶熊に城門が破壊されているのです。 

 当然の戦術だと思います。

 問題は今日の赤茶熊がその誘導に乗ってくれるかです。

 

 ウゥグゥウウウウウ!


 雪狼達に命を賭けた牽制が効果を表しています。

 最初は無視して村に向かっていた赤茶熊ですが、後ろ脚を雪狼に咬まれた事に激怒したのか、村に近づくのを止めて雪狼を追いかけだしました。


「あぶない!」


 思わず声をあげてしまいました。

 本当ならこのまま雪狼を喰い殺させて赤茶熊を満足させた方が良いのに。


 つい雪狼を守ろうと声をあげてしまいました。

 昨日魔法を使ってしまった事で自制心が弱まっているのかもしれません。


「若、ここは我らが防ぎます。

 若は狩人達と村を守ってください」


 レオナルドが俺に気を使った言い方をしてくれています。

 声を出した失敗をなかった事にしてくれようとしています。


 その気持ちはうれしいですが、俺も男爵家の跡継ぎです。

 家臣に甘える訳にはいかないのです。


「昨日と同じ方法で狩ります。

 各個目と耳を狙いなさい。

 俺も少し離れた場所から狙います」


「若の指示通りにしろ!」


 レオナルドがそう言うと、他の護衛騎士と狩人達が一斉に散らばりました。

 雪狼達は、こちらに向かって来る赤茶熊を牽制しに突っ込んでいってくれます。


 先に牽制していた雪狼達は、背中を向けた赤茶熊の背後から激しく吠えるだけでなく、再び後ろ脚に喰らいついてくれます。


 単純に狩る側の数が増えた事で、赤茶熊を上手く翻弄できています。

 大きさでは昨日の赤茶熊と変わりないのですが、強さと狡猾さでは比べ物にならないくらい弱いのかもしれません。


 もしかしたら、塩分不足なのでしょうか?

 俺が塩を探しているからそう思うだけなのでしょうか?


 いえ、これは考え過ぎですね。

 赤茶熊は雑食ですから、草食動物を食べる事で塩分を補給できるはずです。


 ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン。

 ヒュゥウウウウウウ!


 赤茶熊を遠巻きにした護衛騎士と狩人達が、各個に矢を放ちます。

 レオナルドが矢を放ったのに合わせて、魔法を使って威力と精度を高めます。


 ウゥグ!


 魔法で修正したのですから、狙いはとても正確です。

 貫通力も魔力で高めてありますから、見事に右耳から左耳に突き抜けました!


 昨日の事を覚えているレオナルドは、移動する俺を警護しながら、赤茶熊の耳を狙える機会を待っていたのです。


「ウォーン!」

「ウォン!」

「ウォン、ウォン、ウォン、ウォン」


 一矢で斃れた赤茶熊の周りを、雪狼達が吠えながら警戒しています。

 本当に死んだのか確認しているのでしょう。

 安全な後方から飛び込んで咬みついては、反射的に飛びのいています。


「見事でしたレオナルド。

 昨日に続いて二日連続で赤茶熊を狩りましたね。

 急いで内臓を取り出しましょう。

 特に熊胆は薬の原料として高値で売れます」


 ガァアアアアア!


 意外と簡単に赤茶熊を狩れたと思ったのに、とんでもないモノが現れました。

 飛竜が山頂から下りてくる危険性は考えていましたが、地竜森林にいるはずの地竜がこんな所にいるとは思ってもいませんでした!

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