第十四話 『食事』
「あ、お帰り二人とも」
秋里さんの家に戻るとリビングで高梨さんが僕らを出迎えてくれた。
そしてその前には何やら神社で見かけるような紙垂と呼ばれる紙が付いた
縄で囲まれた呪いの彫刻が置かれていた。
「これが結界?」
「そう。効力は低いけど気休めにはなると思う」
そういうと「ふぅ」と息を吐き高梨さんはソファにもたれかかる。
「高梨さんこれ良かったら」
「ありがとう」
秋里さんが手渡した飲み物を喉に流し込み高梨さんだが、
その様子から多少の疲労感が伺えた。
「もしかして高梨さん疲れてる?」
「少しだけね。なんたって結界術は高度な技法だからね。結界を張るには
霊力と集中力が不可欠だから」
「そうなんだ。結界ってもっとポピュラーなものかと思ってた」
「僕も」
「身近であることには違いないけどね。ただこういうのは基本、うちみたいなお寺
よりも神社とかの方が本業だね」
「神社か…………この街だと御奈茂神社とか?」
「そうだね」
「そういえば京条寺以外にも祓屋っているの?」
「いるよ。それこそ御奈茂神社がまさにそう」
「そうなの?!」
「うん。とはいえこの街が少し特殊なだけで、全部の神社やお寺が
祓屋ってワケじゃないのよ」
「…………私、毎年お正月にあの神社にお参り行ってるけどそんなの全然
知らなかった」
「そもそも怪異の存在すら僕もこの前初めて知ったからね」
「それでいいんだよ。祓屋なんて知らない方がいいし、怪異とは関わらない方が
いいんだから」
「――――それよりもご飯食べてもいい? 私お腹減っちゃった」
「あっ、それもそうだね。早く食べちゃおうか」
そうしてビニール袋から買ってきたお弁当やおにぎりなんかを取り出し
テーブルに並べる。
どこにでもあるようなコンビニで買ったものだから目新しいものは何一つないが、
それでも一人では買うことのない量がこうしてテーブルに並ぶとなんだか
ちょっとしたパーティーのようなワクワク感がある。
「それじゃいただきまーす」
「いただきます」
高梨さんは手を合わせるとおにぎりを手に取り、
大きな口を開けパクリと口一杯に頬張る。
「うーん美味しいー」
「高梨さんってすごくおいしそうに食べるんだね」
「えーそうかな?」
「おにぎり好きなの?」
「――――というよりお米が大好きかな。昔から和食が多かったからそのせいかも」
「高梨さんは京条寺に住んでたんだよね? ご飯ってどんな感じだったの?」
「割と普通だったよ」
「お弟子さんが作ってたの?」
「料理に関しては調理担当の人がいたね」
「えっ、それはすごいね」
「うちは人数が多いからね」
「確かに前にお寺にお邪魔した時も人は多かった気がするよ」
「ああ見えて師匠は私たちの界隈じゃ有名な人だからね。
全国から祓屋として弟子入りする人も少なくないんだよ」
そう聞いてふと秋里さんと視線を合わせる。
「もしかして、高梨さんもそうなの?」
「――――そうね。私も元は只の一般人だったよ。怪異の被害にあって
師匠に拾われたの」
と、こともなげに言う高梨さんに対し、
僕は自身で質問しておきながらすぐに二の句を繋げることができなかった。
それは師匠に拾われたという彼女の発言から、高梨さんの過去については
なんとなく想像がついたからだ。
「ごめん。踏み込んだ質問だった」
「別に気にしてないよ。この界隈、特にうちでは師匠のお弟子さんのほとんどが
そういう人たちばかりだからね。所謂怪異被害の駆け込み寺ってやつ」
怪異被害の駆け込み寺――――
確かにそれなら八雲さんに弟子入りする人が多いのも納得だ。
「それよりも秋里さん、あとでシャワーだけ貸してもらってもいい?
今日体育があったから汗だけ流したくて」
「もちろん全然いいよ。なんなら湯船も使って」
「いやそこまでは、いつ何があるか分からないし」
「えー。あ、じゃあさ、私も一緒に入っちゃおうかな」
「えっ」
「だって呪われてるのは私だから少しでも高梨さんと一緒にいた方が
いいでしょ。それにそうすれば私も長くお風呂に入れる。
ね、一石二鳥でしょ?」
「――――確かにそれはそうかもしれないけど」
「じゃ決まりね。そういうことならお風呂沸かしてくるからちょっと待っててねー」
「あ、ちょっと」
そういうと秋里さんは高梨さんの返事も碌に聞かずに風呂場へと駆けだして
いった。
◇
それからしばらく。
雑談交じりだった食事も終わり、秋里さんは早速高梨さんをお風呂場へと
連れていった。
お風呂場からは今尚、薄っすらとだが秋里さんと高梨さんとの楽しそうな会話が
聞こえてきていた。
「(…………秋里さんと高梨さん。随分と仲が良くなったな)」
最初はタイプの違う二人だから少し心配してたんだけど、
どうやら僕の杞憂だったようだ。
「さて――――」
二人の関係の進展に微笑みつつ、チラリと例の呪いの彫刻を確認する。
高梨さんの結界が機能しているのか今のところ異常は見当たらない。
とはいえあの嫌な感覚が完全に無くなっていないところをみるに
油断できない状況に変わりはないだろう。
「(このまま高梨さんのいう助っ人が来るまで何事もなければ
いいんだがな…………)」
――――しかし数時間後、そんな淡い期待は儚く消え去ることとなった。
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