第十三話 『宿泊』

 その日の晩。

 僕たちはそのまま秋里さんの家に泊まることになった。


 高梨さん曰くあの木彫りの彫刻の呪いはかなり危険な状態にあるらしく、

 いつ秋里さんの身に危険が及ぶか判らない状態にあるという。


 だからこそとりあえず今晩は僕らがやってきたという影響を考慮して

 泊りで様子を見ることになったのだった。


「高梨さん、一人で大丈夫かな――――?」


 宿泊するにあたり、食料の調達としてコンビニに行った帰り道で

 隣を歩いていた不知火がポツリと呟く。


「高梨さんなら大丈夫だよ。なんたって彼女は強いからね」

「それならいいんだけど…………」


 高梨さんは僕らが買い出しに行っている間に例の木彫りに

 簡易的ながら結界を施すと言って一人家に残っていた。


「それにあの木彫りに施されている呪いは秋里さんの血縁者を狙ってるって

 云ってたからその他の人には無害だって、さっき高梨さんが話してた」

「でも、危険なものに変わりないでしょ?」

「まぁそれはそうかもしれないけど」


 実際、呪いの木彫りを直接確認した高梨さんが自分の手に余ると

 判断していたこともある為、秋里さんの心配も分からなくもない。


 とはいえ僕は祓屋としての高梨さんの実力を信じている。

 そして彼女の力を信じている僕が今ここでやるべきことは、

 秋里さんに無用な心配をさせないことだろう。


 少なくともただでさえ呪いという恐怖に怯える彼女を更に不安な気持ちに

 させてもいいことは一つもないはずだ。


「ごめんね、天寺くん。面倒なことに巻き込んで」

「気にしないでくれ。今回に至っては僕は二人を取り持つおまけだし、

 好きでやってることだから」


「(とはいえ滝谷からのお願いということもあって困っている人をみすみす

 見殺しにすることは僕にはできそうにないからな――――)」


 そしてそれはきっと高梨さんとしても同じ気持ちのはずだ。


「いい人だね」

「高梨さんがか?」

「両方だよ」


 すると秋里さんは月光が照らす夜道の真ん中で徐に立ち止まると、

 持っていたビニール袋を握り締めふと疑問を口にする。


「ねぇ天寺君」

「なんだ?」

「天寺くんはさ、怪異って怖くないの?」

「――――」


 彼女の問いに僕は一瞬言葉を詰まらせる。

 逡巡する中、最初は格好をつけて怖くないと去勢を張ろうとも思ったが

 すぐに思い留まった。


「そりゃ当然怖いよ」

「そうなの? でも案外普通そうに見えるけど」

「それはそう見せているからね。本当は今だってすごく怖い」

「へぇー。天寺君って意外とビビりだったり?」

「アハハ、そうかもね」


 怖がりというのならそれはたぶん当たっている。

 普段は気丈に振る舞おうと意識しているが、僕はあの日のグラウンドでの出来事を

 トラウマに思っているし、未だに改善する余地のない身体の異変については

 毎日不安感に襲われている。


 だけどそれでも僕がこうして明るく振る舞えるのは、悩みを共有し

 手を差し伸べてくれる高梨さんのような存在がいるからだと思う。


 そして今の秋里さんにとってそういう存在が必要だというのなら、

 僕がそれになってあげられたらと考えている。


「もう一つ聞いていい?」

「うん」

「天寺君はさ、どうして私を助けてくれるの? 高梨さんみたいに仕事って

 ワケじゃないでしょ?」

「それはそうだけど――――」

「軽薄なことを言うかもだけど、私と天寺君は元クラスメイトってだけの関係

 だし、正直私には君がどうしてここまで付き合ってくれるのかが分からないの」

「…………うーん、改めて聞かれると何といっていいか分からないんだけど」


「僕さ最初に怪異にあった時、とても怖い思いをしたんだ。

 それこそ腰を抜かして誰でもいいから助けてくれ~って懇願してさ。

 それまでは体の異変のことだって誰にも相談なんかしなかったのに、

 急に死ぬのが怖くなったんだ」


「だからかな。僕としてはそういう経験は他の人にしてほしくはないと

 思うようになったんだ。それこそ範囲の人なら特にね。

 助けたい理由なんてそんなもんだよ」


 そう答えると秋里さんは一瞬だけ驚いたような表情を浮かべるも、

 その後すぐに満足そうな笑みを浮かべてみせる。


「全く君って人は本当にお人好しだなぁ」


 そう言うと秋里さんは僕を追い越し歩き出すと、

 数歩先で再び立ち止まり、僕の方へと振り返る。


「でもありがと。天寺君のおかげで元気出た」

「そっか。ならよかったよ」

「うん! それじゃあ、早く戻ろっか。高梨さんも待ってるだろうし」

「そうだね」


 そうして笑顔を取り戻した秋里さんにホッと胸を撫でおろしつつ、

 彼女と共に帰路へと着いた。

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