第32話 付いてきた来た理由【魔獣ジュリアス視点5】

 ハロルド王子の部屋でサイモンさんがカルロスさんの呪いを解くように聖女様に迫っている。

 だが、聖女様が言い返した。


「聖女はなんでも出来る万能なのかよ」


 その通りだ。

 いくら聖女様でも呪いまでは……。


 サイモンさんが僕に確認してきた。


「魔獣、聖女は呪いを解くことができるんだよな」

「すみません。僕もわかりません」

「お前、今さらなんだよ!」

「……すみません」


 そんなとき、衛兵たちがドカドカと乗り込んできた。

 すぐに気が付いたサイモンさんが聖女様の首に腕を回し、兵士たちに出て行けと怒鳴った。


 兵士の人が説得を試みたが、サイモンさんは聖女様を解放するつもりがないみたいだ。そしてサイモンさんが逆上し、聖女様の首に巻いた腕に力を入れようとした。


 その時だ、部屋に閃光が走る。


 あまりにも強い光に目を閉じた。


 ガシャガシャ――。


 近くで音が聞こえたかと思ったら、ドンっと身体に強い衝撃を受けた。気が付けば、僕は盾で床に押さえつけられていた。


 横を見れば僕の隣にいるサイモンさんも、僕と同じように盾で押さえつけれている。でもその顔は怒りではなく、悲しみに満ちていた。ソファにいる横たわっているカルロスさんを見ていたからだ。


 すでにカルロスさんの顔は黒鉄色になっていた。


 あの靴のように朽ち果てる。

 そんな悲しい想像が頭によぎった。


 サイモンさんも僕と同じように感じていたのか、すでに諦めたのか、もう暴れることはなかった。兵士の人たちに後ろに腕を回され、立つように言われていた。


 そのときだ、また眩い光が部屋に現れた。


 波打つように光が右足から徐々にカルロスさんの全身に広がっていく。

 それは、これまで見たこともない神々しい光だった。


 皆が、茫然とその光景を見ていたとき、サイモンさんが兵士たちの腕を振り払い、カルロスさんの傍に駆け寄った。


「カルロス! カルロス!」


「兄ちゃん……」


 呪いは解けたようで、カルロスさんの黒くなっていた顔は元に戻っていた。


「よかった、カルロス。お前が元に戻って、本当によかった」

「ごめん、兄ちゃん。心配かけて」


 サイモンさんが、カルロスさんを抱きしめた。

 そうして二人は兵士たちに連れて行かれた。


 僕は覚悟を決めていた。


 僕なんかが王子の部屋に乗り込んだのだ。

 反逆罪で処刑だろう。

 言い訳はできない。


 ふっと、博美さんの顔が思い浮かんだ。


 博美さんはこんな姿の僕のことを普通に接してくれた初めての人。


 ああ、そっか……。

 もう博美さんとも会えなくなるんだ。


 胸が苦しくなる。


 そして、あの笑顔を思い出すと胸の奥が切なくなる。


 こんな僕のことを可愛いと言い、僕の毛並みで遊んで、無邪気な子供みたいに笑う。


 一緒にいると楽しくて、その笑顔をずっと見ていたいと思ってしまう。


 ピクニックも楽しかった。


 久しぶりに出かけた外は美しかった。

 太陽の日差しを受けて、青々と茂った緑の庭園。


 でも、ご飯を食べながらつい博美さんの顔を見てしまう。

 ふくれっ面や照れた笑い、コロコロ変わる表情に僕はどんどん彼女のことが好きになった。


 今でもあの人の姿がこの目に焼き付いている。


 ああ、楽しかった。本当に楽しかった。


 思い出すと、笑みがこぼれる。


 これが幸せというものだろうか。

 本当にいい思い出が出来た。


 できれば、処刑される前にもう一度博美さんに会いたかった。

 感謝の言葉を伝えたかった。


「魔獣さん、魔獣さん」


 声を掛けられ、振り向けばエミリーさんがいた。


「どうしてエミリーさんがここに……、それにお腹のケガは」


「ああ、それでしたら大丈夫です。それよりも、博美様が魔獣さんのことをとても心配されていました」


 すでに部屋には兵士の人たちは居なくなっていた。でもすぐに僕を捕らえに来るはずだ。


「……すみません。そして博美さんにお伝えください。ピクニックはとても楽しかったです。こんな素敵な思い出を最後にありがとうございましたと」


「最後の思い出?」


「僕は処刑されるでしょう。このような騒動を起こしてしまいましたから」


 エミリーさんがじっと僕の目を見て言う。


「ですが、魔獣さんはサイモンに無理やり連れてこられたのでしょう」


 僕は首を横に振った。


「サイモンさんに、カルロスさんを連れて聖女の部屋について行くように言われましたが、自分の意思でもありました。もし、聖女様に呪いを解く力があったら……、そのような希望のようなことを胸に、王子の部屋まで来たのです。聖女様にも恐い思いをさせてしまいました。だから、僕は処刑されてもしょうがありません」


「そんなことは絶対にさせません! 絶対に」


 エミリーさんが強く言う。不思議に思った。


「どうして、エミリーさんがそこまで僕のことを?」


「だって、魔獣さんがそのようなことになれば博美様が悲しまれます。私も悲しいです。ですから魔獣さんも諦めないでください。博美様や私のためにも」


「そう……、ですか……」


 エミリーさんに返事をしながら、僕は視界が滲むのがわかった。

 僕が居なくなれば悲しんでくれる人がいる。


 それだけで僕は……、こんな姿でも、生きていてよかったと思えた。


「任せてください魔獣さん。交渉術を博美様から教わっていますから」


 エミリーさんは笑って、そう言った。


 もう一度、博美さんと会いたい。

 だから僕も最後まで諦めない。


「はい、お願いします。エミリーさん」


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