第33話 ~佐藤マユside8~ 計略(前編)
解放された翌日、マユは早朝からメイドたちに水差しをいくつか持ってこさせ、テーブルの上に一列に並べさせていた。
メイドたちを部屋の外に追い出してから、自分の手でひとつひとつ空のグラスを水差しの前へ置く。
そんなとき、マユの部屋の扉がノックされた。
「マユ様、ハロルド王子が朝食をご一緒にと」
ち、うぜーな。今から実験なんだよ。
ま、いいか。用事を終わらせてからの方がゆっくりと調べることができる。
「わかったわ」
マユは部屋の扉を開け、廊下に並ぶメイドたちを部屋に入れた。
隣の浴室で風呂に湯を張らせ、ゆったりと風呂につかる。上がれば、メイドたちに髪の毛のセットをさせ、さあドレスを選ぼうと、マユが部屋に戻ってみると……。
手の空いたメイドたちが、テーブルに並べていた水を不思議そうに眺めていた。
「近寄るなよ」
つい口から出ていた。
粗っぽい態度のマユに、メイドたちは一斉に怯えた表情になり、それを見てマユは慌てた。
あ、ダメだ。
こんなところで悪評が立って、王子や宰相の耳に入れば面倒なことになる。
ったく、めんどくせーな。
マユは人の良さそうな笑顔をつくり、メイドたちに優しく話しかける。
「それはね、デトックス用の水なのよ。私がいた世界では、水をたくさん飲んで身体から毒素を排出することをすることをデトックスと言うの」
そうして次は両手を自分の胸に置き、悲しげな表情の演技をした。
「昨日は大変ショッキングなことが起きて、心身ともにショックを受けたでしょ。だからまずは、体調を整えるために汗を出してデトックスのために水を飲もうとあなたたちに手伝ってもらったのよ」
そこまで言ったマユだが、これっぽちもデトックス効果など信用していなかった。水を大量に飲んで毒素を出すなら、最初から毒素を身体に入れなきゃいい話だ。
そんな演技をしていてまでメイドたち水を持ってこさせた説明をし、こうして自分の部屋に並べているのには理由があった。
昨日、サイモンたちが来る前、同じ水差しから王子と宰相に水の入ったコップをそれぞれ渡した。王子は普通の水だと言ったのに対し、宰相は『とてもおいしいお酒』と言っていた。
そのときは毒で頭がおかしくなっていた宰相の戯言だと思っていた。しかしその後、マユは人質にされている最中、イライラしながら飲みかけの宰相のコップに口をつけると、おいしいお酒だったことに気が付いた。しかもそのお酒を飲んだマユは苛立った感情はなくなり、すっきりした気分になっていた。
もしかして自分には水をお酒にかえる力があるのでないか。
それを確かめるためにマユは早朝からメイドたちに、あらゆるところから飲める水を持ってこさせていたのだ。だが、まだそのことを知られるわけにはいかない。
「だから、どの水がデトックスに適しているのか、あなたたちにこうして飲める水を持って来てもらったのよ」
マユの話に感心するようにメイドたちは頷いている。マユは美容研究家の先生になったかのように両手を広げ、メイドたちへ言う。
「あなたたちもマネしていいわよ」と。
そうして着替えが終わり、マユは新しい場所に移った王子の部屋へ向かう。
昨日まで使用していた王子の部屋は、呪いを受けた男が入ったことで入室禁止となり、開かずの部屋になるということだった。そんなことをメイドから説明を受けていると、王子の新しい部屋に到着した。
お付きのメイドがノックをする。
「マユ様をお連れしました」
「入れ」
扉が開いた瞬間、ロドリック宰相が満面の笑みでマユを迎える。
「マユ様、昨日は大変でございましたね。わたくしも後処理で、疲れました」
はあ? なにが疲れただと! お前も王子と一緒に逃げ出したんだから、そんな後処理は当たり前だろ!
だが、そんなことをおくびに出さず、マユはニッコリと笑う。
「皆さんもご無事で安心しました」
「これもすぐに衛兵を呼びに行くように指示した俺の判断が正しかったわけだ」
王子が誇らしげな表情だ。
ったく、お前は逃げて助けを呼んだだけだろ。
そんな思いとは裏腹にマユは褒めたたえた。
「本当でございますね。さすがハロルド王子でございます。無事に私が解放されたのも王子様のおかげです」
宰相も負けじと「素晴らしい判断でございました」と王子にヨイショしている。
そんなバカバカしいことに付き合っている暇はない。
こっちは部屋に戻って水を確かめないといけないのだ。
「私、今朝は食欲がありませんの」
朝食が並べられたテーブルを見ながらマユは言い、自分の部屋に戻っていいと王子から言われることを期待した。
だが、王子は宰相に目配せをして、マユではなく、給仕やメイドたちを下がらせるよう合図を送った。
「皆は出て行きなさい。ささ、マユ様はこちらの席へどうぞ」
いったいなんの話をするんだ。
そんなことを思いながら、宰相のエスコートを受け、マユは席に着いた。
すると、王子が使用人たちがいなくなったのを確認した後、宰相に切り出した。
「宰相、あれは払ったんだろうな」
「はい。衛兵たちにも屋敷内の騒動の口止め料を払っておりますから、外部に漏れる心配もございません」
その話を聞いたマユはテーブルの上にあるコップの水をぐっと握りしめていた。
また金を払っただと? こいつら、マジ信じられねぇ。
屋敷の金は、ゆくゆくは王子の婚約者の私の物になるはずなのに、相談もなしに、また勝手なことしやがって。
「すごいですわね。このお屋敷には金が生る木があるのでしょうね」
マユは嫌味で言ったのだが、ご機嫌で王子が応えた。
「金の生る木は無くなったが、それ以上の大金が手に入るからな」
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