エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス
アカデミー総ナメでもう嫌ってほどいろんな感想が書かれてるので、わざわざ自分が言うこともないんだけど、すごかったねと言う話。
トンチキと下劣と生活とすれ違いをブレンドして、脳にカオスの劇薬を食らう、超ド級のカンフーアクション。
主人公は中国から駆け落ち同然でアメリカに移住してきた中年女性。
オンボロのコインランドリーを経営して日々洗濯と税金に追われ、旦那は優しいけど頼りにならないし、娘は同性の恋人を連れてきて、厳しい父にいいとこを見せたいけど上手くいかない。
不満だらけの彼女の元に訪れたのはマルチバースからの刺客と、戦前のSF映画みたいな世界から来た別宇宙の夫!
全ての秩序をぶち壊すラスボスと化した娘から世界を守るため!
カンフーと看板回しと肺活量とソーセージとアライグマで戦え!
何事……?
アカデミー受賞作だけあって、人種やマイノリティに焦点を当てて、普段目を向けてもらえない者や問題に対してのとても真摯な視座があるんだけど、何かこう、真面目な感想が全く出てこない。
話を逸らすと、去年から今年にかけてニチアサで暴太郎戦隊ドンブラザーズが放映されてたんですが、その戦隊はほぼ史上初男性のピンクがいるです。
でも、その男は人形を妻だと思い込んだり、二回もリーダーを突き出した報奨金で飯を食ったり、三回も怪人になったりするせいで、「男性がピンクなんて多様性の時代だね!」って文脈で語られるのはあまり見たことがありません。
エブエブもそれに近くて、出した意義だけに終始しない魅力があるというか、他の要素で押し潰してくるというか…………逆にもうちょっと説教していいよ?
でも、本当にいい映画なんです。
この映画で頻出するマルチバースとは何かというと、パラレルワールドに近くて、いろんな選択肢で分岐したルートごとの世界があるという感じ。
アメコミでよく使われる。
正統派なヒーローが大事なひとを救えなかった世界では心の冷たいダークヒーローになっちゃってるとか。
エブエブではカンフー映画女優になっていた世界、相撲取りになっていた世界など、様々なマルチバースの記憶と技能をインストールして戦う。
マルチバースにアクセスするには靴を左右逆に履いたり、リップクリームを食ったり、ケツに何か突っ込んだり、絶対に普通じゃとらない行動をしなきゃいけない。
セクシーコマンドーだね。
ひたすらトンチキだけど、「今自分じゃ絶対しないしできないようなことをすると、逃してしまった可能性を現実に変えることができる」というこの話の根幹にも繋がっている。
自分が輝かしい道を歩んでいる別の宇宙に行くことはできない。
たくさんの何者にでもなれるマルチバースを束ねて辿り着くのは、あのとき言えなかった言葉、あのときしてあげられなかった行動のために一歩踏み出すだけの勇気。
いろんな冒険を経て、日常に戻り、昨日より少しいい明日を選ぶのはすごく王道な映画らしい結論だと思った。ローマの休日とかもホームベースみたいな構造だし。目玉やベーグルとか、この映画で頻出する円のモチーフも全ては同じところに繋がってるんだよということかもしれない。
問題は山積みだけど今日は少し前を向くという結論は、同じA24配給で移民の家族をテーマにしたミナリを思い出した。
いろんなものといろんな場所を一度にやるってタイトルの通り、エブエブはマルチバースごとにそれぞれ全く別の映画のような作りになっている。
キル・ビルやレミーのおいしいレストランや2001年宇宙の旅など名作のパロディもたくさんある中で、とてもよかったのが花様年華のオマージュだった。
花様年華はウォン・カーウァイ監督の香港映画。
ちなみにエブエブで主人公の夫役で助演男優賞を獲ったキー・ホイ・クァンはこの監督の2046という映画(キムタクも出るよ!)で助監督を務めている。
だから、このトンチキ映画でオマージュするのも許されたのかな……? 癒着……?
ざっくり言うと、アパートの隣人同士の新聞記者の男と社長秘書の女が、お互いの伴侶の不倫をきっかけに裏切られた者同士の触れ合いが起こっていくわずかな時間の話。
舞台は香港からシンガポール、カンボジアなど様々に変化する。時代も英国の統治下でも中国の文化大革命の煽りを受けた、歴史のターニングポイントと言われる60年代真っ只中。
いろんな場所といろんな時代に振り回されるところもエブエブとの親和性があるのかもしれない。
エブエブでは主人公が夫との結婚も渡米もせず中国に残る選択をした世界線で、ふたりが再会したときこの映画を彷彿とさせる場面が始まる。
この辺はトンチキ映画の作中劇とは思えない詩的な会話をしてて面白い。さっきまで犬ヌンチャクとかケツ穴二刀流とかしてたのに……。
別の宇宙では結ばれていたけど、ここでは道を分かった夫婦の邂逅は切ない。「別の人生で君と税金と洗濯に追われていたかった」って台詞がとてもいい。
「花様年華」は人生で一番輝いていた時間という意味だ。
現在時空の夫婦からは信じられない成功を歩んだ世界のふたりにとっての花様年華は、今まさに自分たちが不満だらけで暮らしてる日常そのものだったのかもしれない。
この映画の話にめちゃくちゃ裂いたのは、今月末から花様年華がシネマート新宿でリバイバル上映されるから。
行けるひとは観に行くとあのシーンがより楽しめると思います。自分も行ったらまた感想をまとめたい。
エブエブをまだ観てないひとはそっちも是非!
ここで話してない登場人物や場面もとにかく最高です。
何事にも必要なのは功夫だ!
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