第175話

岸元美晴きしもとみはる 視点◆


冬樹ふゆきくんが再び眠りについてから、勢いに任せて大胆なことをしたと今更ながら恥ずかしくなって後悔をしていたらインターホンが鳴った。


ここに来て、今日高梨たかなし先生とみゆきさんが訪れる予定になっていたことを思い出し慌てておふたりをお迎えした。



「すみません、昨日の夜から色々あって先生たちがお越しになる事を失念していました。

 更に申し訳ないことに冬樹くんが風邪で寝込んでしまっていまして、私だけでお話をお伺いさせていただければと思います」



「いいのですよ。わたし達の都合ですから、美晴さんから冬樹君に伝えてもらえればと思います。

 目を覚まされたら御見舞させてもらえればと思います」



「重ね重ね申し訳ありません。その様にさせていただきます」



先生とみゆきさんをリビングへお通ししてお茶をお出ししてから改めて向き合って話を始めた。



「冬樹くんには後日学校でわたしから直接お話させてもらうことにして、今日は美晴さんにお話させていただきますね。

 端的に言えば、わたしが離婚し、それをきっかけにみゆきとルームシェアを始めたという話です」



「そんなことがあったのですね。詳しくお伺いしても良いのでしょうか?」



「ええ、そのために今日はお伺いさせていただいたのですから。

 とは言っても、言えることはそれほどなくて、夏にあった例の件を理由に元夫の姉から別れる様に促されて言われるがままに別れたというだけなのですけどね。

 その背景にお義姉ねえさんは再婚相手の候補を元夫に紹介していて根回しがされていたという話があるくらいです」



「その話を聞いた時は腹が立ったわ。いくらなんでも百合恵ゆりえをバカにしすぎでしょ。

 別れたから紹介するというのならともかく、まだ別れても居なかったのに別れるのを前提に紹介するなんて!」



「そうですね、私もみゆきさんと同じ印象です。いくらいざこざがあったとは言え、先生に対して失礼な行動です」



「まぁね。わたしも後になって考えると腹立たしいという気持ちが生まれたけど、突き付けられた瞬間にはね、それが最善かと思ったの。

 下世話な話になるけど、わたしとはレスになってて、それで欲求不満になっていたのもあってその相手と寝たっていうし、終わりにしちゃった方が良いかなって」



「・・・それは、またコメントしづらい話ですね・・・」



「そうよね。でも、そこを隠すとうまく説明ができないから・・・それで元夫はこどもを欲しがっていたし、わたしに仕事を辞めて専業主婦になって欲しがっていたから、そういうところもわたしとは合わなくて、その点に不満を持っていたのもあって・・・ってそれは前にお世話になった時にも話したわよね。

 そういう諸々の感情があったから全部どうでも良くなってしまって慰謝料も貰わずに別れることにしたの」



「それで私のところへ転がり込んできて『ルームシェアしよう』って言ってきたから、私も美晴ちゃんに迷惑かけたから家へ戻ったけど今更親元に居てもって気持ちもあったし渡りに舟で百合恵とルームシェアすることにしたの」



「そうですか・・・でも、そのみゆきさんは・・・その・・・先生のことを恋愛対象として見ているって・・・」



「それね。私もずっとそうだと思ってたけど違ってたの。

 百合恵にディープキスされてわからされたわ」



「言い方!

 でも、まぁ、みゆきは刷り込みでわたしに懐いてたヒヨコだったのよ」



「ひどい言い方するわね。でも、そうね。三十路みそじになるまでずっと処女で同性愛者レズビアンだと思い込んでいたけど、実は違ったってヒヨっ子よね」



「その辺りは私には何とも言い難いですけど、ではご友人同士でルームシェアを始めた感じですか?

 もう結婚は考えないのですか?」



「そうなりますね。バツが付いてるわたしはともかく、みゆきは結婚を意識して婚活をしても良いと思っているけど、今のところはそんなつもりもないみたいだし、しばらくは気楽な独身女同士の共同生活ね」



一旦話が落ち着いたところで先生たちに断りを入れて冬樹くんの様子を見に行くと、まだ寝ていたのでそのままにしてまたリビングへ戻り、思い切って今一番聞いてみたい事を尋ねてみることにした。



「先生はこどもが欲しくなかったのですか?」



「欲しくなかったわけではないけど、授からなかったですね。

 ご縁のものというのは古い考えですけど、授かりやすい時期に肌を重ねていましたし、それでも授かれなかったのは縁がなかったのかなという風に思っています。

 そういう考えだから授かれない身体なのかもしれないですし・・・今となってはどうでも良くなってしまいましたけどね」



「美晴ちゃんは、こどもが欲しいの?」



「欲しいと言いますか・・・授かったかもしれなくて・・・」




◆高梨百合恵 視点◆


「欲しいと言いますか・・・授かったかもしれなくて・・・」



予想外の話をされ、内心ではすごく驚いているもののできるだけ平静を装って話を聞いてみることにした。



「それは・・・冬樹君ですよね?」



平静を装うつもりで動揺が隠しきれず、言葉がうまく紡げず言葉が少なくなってしまった。



「それはもちろん!

 冬樹くん以外の人とそんなことしませんし・・・」



「でも、みはるちゃん。『かもしれない』ってことははっきりしてないのよね?

 私が言えた義理ではないけど、まだ確認してないんでしょ?」



最近そんな話をしたばかりだからかみゆきは冷静に話を進めている。



「はい、みゆきさんの仰る通り、が遅れている状態でして、そろそろ確認をしないといけないかと思っていたところです」



「なるほどね。まぁ、まずは検査薬で確認してみてよね。

 もちろん、陽性だったら私も一緒に病院へ行くからその時は声を掛けてちょうだい」



「でも、みゆきさんはお仕事があるわけですし、ご迷惑をお掛けするわけには・・・」



「そんなこと言われたら居候してた上に『彼氏のこどもを妊娠したかも』って美晴ちゃんに付き添ってもらった私の立場がなくなるから、そこは気にしないで。

 そこを気遣われると逆に居た堪れなくなってしまうわ」



「ふふっ、そうですね。その時は付き添いをお願いします・・・まずは、確認をしてですね」



こういう話は本人だけだと中々踏ん切りがつかなかったりするし、大人として後押しをしてあげる方が良い様に思うので一つ提案をしてみた。



「なら、今からドラッグストアまで行って検査薬を買ってきて、調べてみましょう。

 わたしがすぐ買ってきますから、ちょっと待っていてくださいね」



「ええっ、そんなそれくらい自分でやりますから・・・先生を使い走りみたいなことさせられないです」



「良いのですよ。わたしだって前に泊めてもらっていた身ですし、こういう時にお返しさせてください」




遠慮する美晴さんをみゆきとふたりで押し切って、結局みゆきが検査薬を買いに行くことになり、美晴さんとふたりきりでみゆきの帰りを待つことになった。



「怖いですか?」



「そうですね。もう大学の卒業までが見えている私はともかく冬樹くんは高校生ですし、冬樹くんの将来を邪魔してしまうことが嫌だという気持ちがあります」



「それは大丈夫ですよ。冬樹君は投資で既に身を立てていると言って差し支えない状態ですし、頭だって良い子ですからちゃんと考えて両立できますよ」



「それはできると思いますけど、高校3年の大学受験と言う大事な時期にこどもがどうのと煩わせることが足枷にしか思えなくて・・・」



「たしかに、こどもが生まれるとどうしても時間を取られてしまいますし、身体もかなり拘束されてしまいますよね。

 でも、それと引き換えに掛け替えのないものを得ることだと思います・・・わたしは授かれてないから受け売りや想像になってしまいますけど、冬樹君なら糧にしてもっと飛躍するのではないかしら」



これは本心。冬樹君ならたとえ今すぐ美晴さんとのこどもができても、それをバネにして活躍できると思う。



「いずれにしても、わたしは手伝いますし、みゆきも手伝わせますから・・・それに、夏菜かなさんなんか率先して子育てに参加してきて良い伯母さんになりそうじゃありませんか?

 受験が終われば春華はるかさんや美波みなみさんだって手伝ってくれるでしょうし」



「たしかに、そうですね。私たちには手を差し伸べてくれる人がたくさんいるし、可能性の時点でウジウジ考えていても仕方がないですよね」



「そうですよ」




などと話している間にみゆきが戻ってきて、美晴さんが妊娠検査薬で確認する時がきた。

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