第142話

神坂冬樹かみさかふゆき 視点◆


鷺ノ宮さぎのみやの姉の那奈ななさんから連絡があった。内容は二之宮にのみやを引き取って一緒に暮らし始めたという。


さすがにすぐには理解できなかったけれど、両親の虐待とも言える状況を知り見かねて手を差し伸べたということなので、話を聞き終えた時には那奈さんらしいと得心した。


大して交流をしているわけではないけど、良く言えば優しい、悪く言えば甘い人だと言う印象で、その通りの行動だと思った。


また那奈さんはそういう背景だから二之宮を許してやって欲しいとは言わず、むしろ引き取った事を自分のわがままで僕や一連の事件に関係する人達に対しては申し訳ないと思っていると言っていてその事からも那奈さんの人柄を感じられた。



勃起障害EDは相変わらず続いていて精神科医せんせいにも精神的なものだろうと言われ、薬に頼る方法もあると選択肢を提示されたけどしばらくはこのまま様子を見ることにして、美晴みはるさんもそれで良いと理解してくれた。



他にはハルが生徒会役員選挙で会長に立候補することになり、姉さんと準備をし始めている。とは言え、そもそも他に立候補する生徒がいないからハルが推薦されて立候補する流れなので信任投票になる見込みらしい。僕も手伝ってあげられると良いけど、それは未知数だ。




高梨百合恵たかなしゆりえ 視点◆


悠一ゆういちさんと離婚し、荷物は後で落ち着いたら引き取ることにしてマンスリーマンションを仮住まいとしていたけど、悠一さんの再婚相手の希望で一度荷物を引き払うことにして、一時的に預かってくれる業者に預けることにした。費用は向こう持ちなので私としては少し手間が増えるくらいで済むけど、こうも早くわたしの住んでいた痕跡を消し去ろうとする悠一さん側の動きにはもやもやする。


自分でも身勝手だと思うけど、離婚してこういう風に再婚相手の影が色濃く見えてくると悠一さんの事を愛していたのだということを再認識する。離婚が成立する前は悪いところしか見えてなかったので不満が多かったけど、愛していたから別れたくはなかったのだということを今になって思う。ありきたりだけど、失ってから大切なことに気付くという愚かさを実感している。


とは言え、これからも音楽教師を続けたいわたしとは衝突を繰り返したと思うから、専業主婦を希望するお義姉ねえさんとも懇意な女性ひとと再婚した方が悠一さんのためになる様に思うし、悠一さんのことを想うのなら引くことも大事だと納得することにした。



実家を出て一人暮らしをしたいと言っていたみゆきをルームシェアに誘って準備を進め、賃貸の審査が通り部屋の契約もできたのでもう少しで新しい生活が始まる。


もうアラサーと言うのも憚られるようになってきているわたしがみゆきと同居するのは不思議に思うところもあるけど、一番気心が知れている相手でもあるので楽しみにしている。




◆神坂夏菜かな 視点◆


学校側へ掛け合うなどしたものの今年度の文化祭も体育祭も中止を覆せなかった。生徒会長として申し訳ない気持ちがあるが、一生徒として私も残念でならない。


大学へ行けば学祭はあるだろうけれどもきっとクラス単位でまとまって展示を行う高校の文化祭とは違うものになるし、前からの予定ではない非開催の喪失感は大きいと思う。


また、進学校とは言え大学へ進学しない者もいるし、そういった生徒の事を考えると最後の想い出作りができないのも残念だろうと思う。


そういうことで、二学期の大きなイベントを行えないまま生徒会長の任期が終わる時期が来た。私は特別なことをしたつもりはないが後輩達からの評価が高く、現役の役員に私の次の会長は荷が重いと難色を示され、頻繁に私を手伝いに来てくれていた春華はるかへ期待が寄せられ、申し訳ないと思う気持ちもあったが私も春華に立候補するよう促した。


最初こそ難色を示したものの引き受けてくれ、次期会長に現生徒会執行部擁立の候補として立ってもらうことになった。他に立候補しそうな生徒もなく信任投票になりそうな状況なのでとりあえずはホッとしている。


また、2年を中心に想定外に生徒が退学してしまっているため学校側は特例として転入基準の引き下げと、海外からの留学生の受け入れも積極的に行うことにし、実際に応募もあるらしい。



また五十嵐君はとっくに治っている怪我のことを引き合いにずっと気にかけてくれている。あまりに頻度が多いためクラスメイトたちから恋仲なのではないかとからかわれてしまっている。私だけでなく五十嵐君も否定しているというのにこの手の話を好きな人間はすぐに芽を見つけて広げたがるから困ったものだ。

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