第135話

神坂冬樹かみさかふゆき 視点◆


美晴みはるさんの行方ゆくえを追って美晴さんの大学の最寄り駅のスマホの位置情報とされた場所まで着いたものの、特定された位置にはアパートがあり周辺は一軒家の戸建てがあるだけで取っ掛かりがない。




少し周辺を見て回っている間に岸元きしもとの小父さんと姉さんと母さんが到着し合流した。



「すみません、小父さん。こんな事になってしまって・・・」



「冬樹君は悪くないよ、自分が若い女だというのに脇が甘かった美晴が悪いんだ。

 むしろ、飲み会から帰って来るのが遅いくらいで異変を察知し、知らせてくれたことに感謝してるよ」



「でも・・・僕がもっとちゃんとしてたら・・・」



「これ以上誰の責任だなんて言い合っても事態は良くならないし、今どうするかを話そう」



「はい、すみませんでした」



「冬樹、美晴さんの電話に謎の男が出て切られてから掛け直したのか?」



「切られてすぐに掛け直して電源が切られているのを確認してからは、姉さんに連絡してすぐにここへ移動していたから掛けていないよ」



「ならば、もう1回掛けてみないか?」



「そうだね。ダメ元で掛けてみるよ」



そう言いながら発信すると、呼び出しをし始めた。



「呼び出ししています!」




松本明良まつもとあきら 視点◆


玲香れいかとふたりで美晴さんを揺すったり呼び掛けて目を覚ましてもらうように努めたけど、残念ながら目を覚ますことはなく眠り続けている。


また、美晴さんのスマホはぼくのスマホと同じ規格の充電器が使えるものだったので充電をしながら再び電話がかかってくることを待っていたけど30分以上経ってもかかってこない。


ぼくが悪ノリをしたのが悪いのだけど、玲香も責任を感じてくれているようで美晴さんが目を覚まさないなら明日の用事で出掛けないといけない時間のギリギリまではぼくの部屋に居てくれると言ってくれた。


美晴さんがすぐに目を覚ましそうにないということで、玲香は泊まりの支度をするべく近くのコンビニまで買い物へ出掛けている。


正直なところ、玲香が居ない今は目を覚まさないで欲しいと思っている。コンビニまでは徒歩1分くらいで合計しても10分は掛からないはずなので現実的な願いだ。



だと言うのに、玲香が居ないこのタイミングで美晴さんのスマホが通話着信しバイブレーションで震えだした。


今度こそ真面目に対応しようと思いスマホを掴もうとしたら・・・人の手を掴んでいた・・・その手の主の顔を見ると顔面蒼白だった。




◆岸元美晴 視点◆


スマホが呼び出しのバイブレーションしている事に気付き、眠っていたところから意識が少しだけ戻ったものの朧気なまま震える音がするの方へ手を伸ばした。


スマホを掴もうとしたところでその手を掴まれた。掴んだ手の根元の本体を見ると、今日の飲み会で初めて言葉を交わした津島つしまさんの友人のアキラくんこと松本明良だった。


更に意識が覚醒してくると服を着ていないことにも気付き事態を察する。


恐らく松本明良にされてしまったのだろう・・・冬樹くんに対して申し訳ない気持ちが湧いてきて、それと同時にそんな隙を見せ付け入られた自分が悔しくなってしまった。確認はしてないけど、視界が定まらないので目から涙が流れ出していると思う。


そんな私を見てか松本明良も慌てているけど、そんな慌てるくらいなら最初から何もしなければ良かったとしか思えない。


刺し違えてもこの男は許さないという気持ちが湧いてきたところで話しかけられた。



「あの、ぼくが全面的に悪いのだけど、まずは落ち着いて話を聞いてもらえないかな?」



「極めて冷静になっていますが?」



自分でも驚くほど冷淡な声を発している。



「そうは見えないのだけど・・・今の状況についてちゃんと説明するから、一旦何も言わずに聞いて欲しい」



「何を聞けと?言い訳を?」



「言い訳だけど、話をさせてもらえないだろうか?」



「なら言えば?何を聞いても許さないつもりですけど」



「まず、ぼくは女なんだ」



「は?何をくだらない冗談を言ってるの?

 それともトランスジェンダーだとでも言うつもりですか?」



「いや、ほんとに!

 今から服を脱ぐからちゃんと見て確認して!」



「服を脱いでまたって言うの?」



私が非難の声をあげるのも聞かずにシャツを脱ぐとブラジャーを着ていて、ズボンパンツを下ろすとショーツを履いていて男性特有の膨らみはなかった。



「ほんとに?女の人なの?」



「この身体で男なわけないでしょ?

 胸がないし背も高く顔つきも男っぽいから普段は男っぽく振る舞ってるけど、正真正銘女だから!」



松本明良さんが女だと認識できつつあると気が緩み始めた。



「それでね!美晴さんがお酒を飲みすぎて寝ちゃったから近いぼくの家へ連れてきて介抱してたんだ。

 ワンピースはシワになるといけないから脱がせたけど、それだけだから!」



たしかにワンピースは脱がされているけど、ブラとショーツは着けたままだし、そう意識して部屋を見ると私が着ていたワンピースは皺にならないようにハンガーにかけてあるのが見える。



「あと、玲香もちょっとコンビニまで行っているだけですぐ戻ってくるから!」



なんとなく状況が掴めてきたのでひとつずつ確認をすることにした。



「まず、アキラさんは女の人で、私が男の人だと勘違いしているのを津島さんと楽しんでいた」



「ぼくが戯れたのは事実だけど、玲香は楽しんではなかったから、そこは誤解しないでもらえると助かるかな?」



「誤解している事に気付いていて、放っておいたので心象は良くないですね。

 まぁ、それは置いておいて、そして私が飲みすぎて酔い潰れてしまったのをアキラさんの家まで連れてきて介抱してくれていたわけですね」



「そうだね。それと、飲み会でも言っていたけど玲香は美晴さんと仲良くなりたいというのは本心だからわかってあげて欲しい」



「わかりました。多少悪ノリしていたところはあると思いますけど、冗談で済む話ですしそこのところは斟酌します」



そう言うと、アキラさんの顔色が急に悪くなってきた。



「そこまで言ってもらってて大変申し訳無いのだけど・・・」




私を心配して掛けてきてくれていた冬樹くんからの電話に出て、悪い男が寝取った風を装った話し方をして冗談だとネタばらしをする前にバッテリー切れが起こり話したいことだけを話して電話を切ったかのようになってしまったというのだ。


それを聞き終えると同時にスマホを手にして冬樹くんへ電話をかけようとしたタイミングでインターホンの呼び出し音が鳴った。




◆津島玲香 視点◆


アキラくんアホが余計なことをしたせいというのもあるけど、アタシにも責任があるのでみはるんが目を覚ますまで付き合うつもりで、必要なものを買いにアキラくんアホのアパートのすぐ近くのコンビニまで行って急いで戻ってくると、アパートの入り口の付近に夫婦と高校生の男女の四人家族と思われる人達が居たので、避けるように中へ入ろうとしたら聞き捨てならない会話が耳に入ってきた。



「・・・美晴さんも誰も出ませんでした」



「そうか・・・もう一度スマホの位置情報を照会してから警察に相談するか・・・美波みなみの時にお世話になった婦警さんなら話がしやすいと思うし・・・」



どう聞いてもみはるんの身内でアキラくんアホが余計なことをしたせいで心配して探しに来た様子で、しかも今から警察に相談するとか言っているので慌てて割り込んだ。



「すみません!美晴さんのご家族ですよね?」



「はい、私が岸元美晴の父です」



「美晴さんは酔い潰れて寝てしまって友人の部屋で介抱してますので大丈夫です。

 アタシに着いてきてください」



そう言って、みはるんパパ達をアキラくんアホの部屋へ案内した。




アキラくんアホの部屋へ着きインターホンを鳴らして呼び出すと、中からアキラくんアホが出てきた。



「ほらアラくん。みはるんのお父様達が心配して来ちゃったよ」



「!?」



それを聞いたアキラくんアホは声にならない声を上げて驚き、またアタシの声が聞こえていたらしいみはるんが脱がせていたワンピースを着た姿で中から出てきた。



「みはるん、アキラくんがごめんね」



「アキラさんから話は聞きました。

 津島さんは悪くないということですけど、そもそも飲み会なんかに誘われなかったらなかったことですから。

 今日が最初で最後ですよ」



怒られなかったけど、今回限りでこれからは付き合わないと言われた様なものだ・・・せっかく仲良くなれたと思ったのに・・・とは言え、アタシの責任も大きいし仕方がない。


みはるんはアタシの後ろに居た家族に対して頭を下げた。



「冬樹くん、小母様、夏菜かなちゃん、お父さん、ごめんなさい。

 経緯がどうであれ、私が軽率だったので心配をお掛けしてしまいました」



「美晴さん、無事だったんだから良いんですよ・・・」



冬樹くんと呼ばれた少年が半べそ掻きながらみはるんへ返答し、みはるんは近付いて母親が子供をあやすように頭を自分の胸元に抱きかかえた。みはるんの方が小さいから不格好ではあるけど、それを見て本当に愛しているんだなぁって言うのを感じた。



その後、当然のこととしてアキラくんアホがみはるんやカレシや家族の方達へ何度も謝ることとなった・・・許してもらえたのは本当に良かったし、ここまで振り回されてすぐに許してくれる懐の広さに感謝するしかないと思うけど、あっさりし過ぎていて心に棘が刺さったままの様な感覚になってしまった。

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