第84話

神坂春華かみさかはるか 視点◆


お姉に学校での雰囲気が変わっているという話を聞いていたものの、いざ学校へ行くとなると緊張が止まらなかった。


二之宮にのみやさんを避ける意味でもあたしは学校へ行くべきというお姉の考えは理解できていたけど、論理的な話を理解するのと感情が納得するのとでは別物なのでこの週末はずっと不安だった。


休みが終わり月曜の朝になると逃げ出して家に籠もっていたい気持ちもあったけど、お姉が引っ張ってくれたので奮起してお姉と一緒に登校した。



学校の最寄り駅に着くとクラスメイトの姿も見えてきて身体が強張こわばったけど、それを察したお姉が手を握ってくれて少し緩和できた。


駅から学校へ向かう最中にはクラスメイトなど見知った顔の視線を感じることはあったけど、遠巻きに見られるだけで声を掛けられたりはしなかった。



学校へ着いてからもお姉は一緒にいてくれて、結局あたしの教室まで着いてきてくれた。



「それじゃあ、春華はるか。何かあったら私に連絡するんだぞ。

 また、昼休みにな」



「うん、お姉・・・ありがとう」



お姉が自分の教室へ向かって行って今日初めて一人になった。



「あのっ、神坂かみさかさん」



「え?なに?」



「おはようございます」



「おっ、おはよう。

 ずっと休んじゃっていたけど、今日からまたよろしくね」



「うん。それで、神坂さん。ごめんなさい。

 神坂さんが悪かったわけではないのに、お兄さんの件を神坂さんのせいにする様な事をしてしまって・・・

 裏サイトで空気ができていたとは言え、居た堪れない雰囲気に加担して追い込んでしまったことを申し訳なく思っていたの」



長岡ながおかさんは何もしてなかったじゃない」



「でも、黙って見ていたから・・・」



「いいの。あたしこそ、声を掛けてくれてありがとうだよ」



長岡さんとのやり取りを見ていたよっちゃんやすーちゃんに他のクラスメイトも寄ってきて口々に謝罪をしてくれた。


お姉が言っていた様に雰囲気は良くなっていたのを感じてホッとした。


しかし、ほんのちょっとの噂で学校全体の雰囲気が変わってしまった事実は、これからも急変してしまう可能性があると考えると怖いなと思う。





昼休みまでの休み時間もクラスの内外から声をかけられ謝罪されたし、フユにも謝って欲しいとまで言ってくる人もいた。


そもそも今のあたしはフユと気軽に会える状況ではない・・・先週お姉が入院した時にお見舞いに駆け付けてくれた時に久しぶりに会えたくらいで、次にいつ会えるのかもわからないのが現状だ・・・けど、さりとて深く事情を伝えるものでもないのでそこは濁して受け流した。


あたしが最初に話を聞いた時に早とちりして不用意な行動をしたことが悪かったとは言え、それぞれが自分で考えて判断すれば良かった話だったわけだし、みんな周囲の作る空気に流されている感じがする。




昼休みはフユの作った法律研究部の部室でお姉と落ち合ってご飯を食べた。



「お姉が言っていた通り、みんな掌返しで謝ってきて逆に居心地が悪かったよ」



「まぁ、そう言うな。始業式の日に比べれば全然良いだろう?」



「それはそうだけど・・・」



「私も同じだ」



お姉は自分の頭を指さしながら続けた。



「ここの怪我をするまで、針のむしろだったがたった1日2日で驚くほど周囲の雰囲気は変わったよ」



お姉が指さした場所はまだ包帯を巻いていて痛々しさはあるけど、お姉の表情から悪い雰囲気を感じさせなくなっている。



「それに、冬樹ふゆきがこんな状況にいたのかと思うとそれも良い経験だと思っている」



「それって、良い経験になるの?」



「ああ、自分が知らなかったことを知るというのは重要だぞ」



入り口の方からガラガラッと言う音がしてお姉とそちら向いたら、高梨たかなし先生と知らない人が並んでいて、その知らない人が声を掛けてきた。



「神坂生徒会長、久しぶりですね」



「はい、武元たけもと先生、お久しぶりです」



「お隣りにいるのは初めましてよね?

 似ていらっしゃるから・・・神坂さんの妹さん?」



「はい、妹の春華です。

 春華、こちらは英語科で今は主に1年のクラスを担当している武元先生だ」



「は、はじめまして!

 神坂春華と言います!

 よろしくお願いします!」



「まぁ、元気ね。私は今紹介してもらった通り英語を担当している武元寿乃ひさのと言います。

 百合恵ゆりえ先生ほど上手くはないけど、私もピアノが好きで趣味で弾くから仲がいいの」



「そうなんです。寿乃先生はわたしが新任の頃からずっと仲良くしてくださっているんですよ。

 気さくで話しやすいですし、ピアノの弾き方も参考にさせてもらっていて、よくお話するんです」



「まぁ、お上手ね。でも、仲良くしてもらっているのは本当よ

 私の方がけっこう歳上なんだけど、ピアノ好きとしては百合恵先生を尊敬してて、よく付き合ってもらっているの」



「そんなご関係だったのですね。

 存じ上げませんでした」



「まぁ、教職員の間でも私達が仲良しだって知らない人が多いですから。

 それはそれとして、神坂さん達は大変だったみたいね」



「はい、ずいぶんと厳しい目を向けられていました。

 ただ怪我をしたのがきっかけなのか、それからは私たちへ向けられる目も和らいだ感じがします」



「そう。風向き、変わりそうで良かったわね」




高梨先生と武元先生はその後にも少し雑談をしてから出ていった。



「武元先生も気に掛けてくれていたんだな」



「そうみたいだね。でも、あたしからしたら接点がなくて、たまに校内でお見掛けすることはあっても名前すら知らなかったのに・・・なんで雑談だけしていったのだろう?」



「そういう方なんだよ。これ見よがしに心配していたとは言わずに、さり気なく気遣うタイプだな。

 もしかすると、冬樹は気付いていなかったかも知れないが気に掛けてくれていたのかもしれないぞ」

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