第83話

岸元美晴きしもとみはる 視点◆


冬樹ふゆきくんは秀優しゅうゆう高校を出てからは駅のトイレで着替えた他は寄り道をせず、まっすぐ自宅へ向かって移動していったので、自宅のマンションが見え始めた辺りで偶然を装って冬樹くんに声を掛けた。



「冬樹くん、今帰り?

 今日は散歩の時間が長かったね?

 どこまで行っていたの?」



「このあたりに居ましたよ。考え事をしていたら時間が経っていて、戻るのが遅くなってしまいました。

 ところで、美晴さんは夕飯の準備しましたか?

 もしまだだったらこれからスーパーへ寄って一緒に献立を考えませんか?

 いつも美晴さんが作ってくれているのでたまには俺に作らせてくださいよ」



「そうだね。手料理を冬樹くんに食べてもらいたいけど、偶には冬樹くんの美味しい料理を食べて絶望しておかないと気が緩んじゃうよね」



「なんですか、絶望って。美晴さんの料理はいつも美味しいじゃないですか」



「私もそれなりに料理には自信があるけど、冬樹くんには敵わないからさ。

 いつもは私のワガママで作らせてもらっているけど、冬樹くんのテクニックを勉強して冬樹くんと同じくらい美味しい料理を作りたいんだよ」



「そう言ってくれるのは嬉しいですけど、俺は美晴さんの料理が好きですよ。

 でも、偶には自分で作った料理を食べてもらいたいですからね、ここで会ったのは丁度良かったですよ」




そのままふたりでスーパーへ行き買い物デートをしてウキウキな気分になったけど、冬樹くんの手料理を食べたらやっぱりすごく美味しくて、それでいて少し悔しいなと思った。



冬樹くんがお風呂に入っている間に赤堀あかほりさんへ今日の昼の冬樹くんの行動について相談してみた。



「なるほどね・・・私に考えが浮かんだから月曜まで待ってもらっても良い?」



「それは構いませんけど、月曜日に何があるんですか?」



「月曜は私が休みなのと、平日だからよ」




◆赤堀みゆき 視点◆


美晴ちゃんから冬樹が学校へ行き、それを美晴ちゃんに隠していることが不安だという相談を受けた。


冬樹の考えは読めないけど、わからないなら聞けば良いってことで、不自然にならない様に聞く方法が思い付いたので、大したことではないけど準備を進めた・・・





特に何も起きないまま月曜になり、夕食の時に切り出してみた。



「冬樹、百合恵ゆりえに電話したら、土曜日に冬樹を学校で見た人がいるって話があったのだけど、学校へ行ってたの?」



百合恵には私から電話して、冬樹に話をすると了解をもらっている。


要は冬樹を学校で見た人というのは美晴ちゃんのことだけど、『いつ』と『誰が』を伏せるだけで伝聞風になるのだから欺瞞も良いところだと思う。



高梨たかなし先生に知られちゃっていたのですね。

 美晴さんには知られたくなかったので、一昨日は嘘をついてしまったのですけど、学校へ行っていました」



「ふーん、何で美晴ちゃんに嘘をついたの?」



「余計な心配をさせてしまうかなと思って・・・」



「なるほどね。美晴ちゃんを気遣ったわけね」



「はい・・・」



「冬樹くん!

 嘘をつかれるのは不安になるんだよ!

 どんな内容でも良いから本当のことを言って欲しいな」



美晴ちゃん、アドリブ上手だわ。夕食の時に切り出すとは言っておいたけど、自然な流れで自分の気持ちを言ってきたわ。



「はい。ごめんなさい」



「今度からは嘘を言わないでね。

 それで、言いたくなかったら言わないでいいけど、何をしていたの?」



「・・・防犯カメラの設置をしてきました」



「防犯カメラ?」



「はい、姉さんとハルのクラスの教室、それと生徒会室に・・・」



「前に言っていたものね、防犯カメラを設置して鷺ノ宮さぎのみやくん達が悪いことをしているところの映像を入手していたって。夏菜かなちゃんと春華はるかちゃんが心配だったんだよね?」



「そうです・・・けど、学校へ行くなんて言うと美晴さんに止められるかも知れないと思ったし、そうでなくても心配させてしまうと考えました。

 あと理由があっても私的に防犯カメラ設置するというのは、言い換えれば盗撮しているわけですから後ろめたい気持ちもあるので、美晴さんには知られたくなかったというのがあります・・・」



「でもね、私はそういう風に行動するのも冬樹くんの魅力の一つだと思うんだ」



私は何を見せられているのだろうか?


居候の身ではあるけど、初々しいカップルのやり取りを見せられていて何ともムズガユイ気持ちにさせられてしまうので逃げることにした。



「事情はわかったわ。私は先にお風呂をいただくわね!」

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