第82話 言い訳ならば腐るほど
俺は渡良瀬彩芽のことは好きだ。嫌いじゃない。俺なんかのことを友達だと言ってくれるのは渡良瀬しかいない。すごく嬉しい。俺のことを異性として好きだと言ってくれるのもすごく嬉しい。正直、こんなことは、こんな感情は初めてだ。嬉しすぎてさ、ラブレター貰った時はどうにかなってしまいそうだったよ。しかも修学旅行中の女子の部屋に入ってだなんて、滅茶苦茶だよ。よく呼び出したよな、おまえも。よく呼ばれていったよ、俺も。
でも、俺は渡良瀬とは付き合えない。理由は他に好きな人がいるからだ。彼女は渡良瀬の良く知っているやつだ。俺の好きな女の子の相手は、渡良瀬もよく知っている。そしてこれからも、三人でやっていきたいと思う相手だ。知っているかどうかわからないけどさ、同じ日に、あの修学旅行の日に俺は恋瀬川からもラブレターを貰っているんだ。そして俺はそれに応えることにした。渡良瀬からの告白は一生嬉しいし、たぶんこの告白に応えなかったことに俺は一生後悔する。俺は、すごい悩んだし、考えたし、自問自答したし、否定して、答えを出して、必死に無い頭で考えて、それで、俺はどうしようもなくてさ。それでさ、それで、俺は、俺は。
「俺はさ、渡良瀬、俺は」
「なんでふたみんが泣いてるのよ。泣きたいのは振られた私の方なんですけど」
「そうだよな、そうなんだよな」
俺は泣いていた。泣きじゃくっていた。悔しくて、不甲斐なくて、どうしようもなくて。こんなにもお互いがお互いを思いやっていて、両想いなのに叶わない恋なんてあるのか。なんで俺は、どうして俺は。でも俺は、選んだんだ。選択したんだ。自分の意思で。自分自身の意思で。
「だから、ありがとうな。渡良瀬」
二人は自然と抱きしめていた。抱擁していた。
「行って。りうりーのところに。今ならまだいるから。わたしもあとから行く」
「わかった」
俺は言葉を交わした渡良瀬から離れそして屋上の鍵を渡して、その場を離れた。泣くとしたら、今度は彼女が泣く番である。
俺は走って一階まで降りた。一気に、飛び降りるように。そして生徒会長室の前に立った。生きを荒くして、肩で息をして。一息吐いて、それから俺は、扉を開けた。
「! あなた、ノックをしなさいよ。びっくりするじゃない」
「すまない。急いでいたんでな」
「そう。それよりもあなた、大垣先生とのはなしは良いの。渡良瀬さんとの話はもう良いの?」
「ああ、終わった。終わったよ。だからこっちに来た。そのうち渡良瀬も、またすぐにここに戻ってくるよ」
「そう。ならーー」
「恋瀬川! 恋瀬川、凛雨。ラブレターの返事はイエスだ。俺も好きだ、恋瀬川」
渡良瀬のときはあんなに長かったのに、今度は短かった。恋瀬川はびっくりした顔をして、少し間があって、意味を理解したのか少し赤くなって、それから言った。
「ええ、それは、その、ありがとう」
「よろしくな、恋瀬川」
言いたいことは色々あるが、言い訳ならば腐るほどあるが、山ほどあるが、今はよしておこう。渡良瀬も戻ってきたようだし。
俺は選んだ。もう他人のせいには出来ない。誰かのせいには出来ない。自分自身の責任と覚悟を持って、ようやく一つ選んだ。選び取った。誰かとの道を取らずに、誰かとの道を選ぶ。きっと逆もありえたし、その可能性の方が幾分も高かったように思える。しかしこの際たらればや、可能性の話をしてはいけない。ご法度である。そんなことよりもこれからのことを考えた方がいい。これからのことを想像した方がいい。道はこれからも一つじゃないし、二つでもない。分岐は分岐を重ねて無数の未来が立ちはだかっている。選ぶ度に後悔をし、悔やんで、苦しんで、足掻いて、一歩進む。わずかに得たその未来で、俺は生きていかなくちゃいけない。俺の恋は一つかも知れないし、そうではないかも知れない。できれば一途に、一つでありたいと今は思う。
「やっほー。ふたみん、りうりー」
渡良瀬が戻ってきた。彼女はもう泣いていない。笑っている。さて、まずはこの大切な友人に、俺は大切な人と共に大切な報告をしなくてはいけないなと、そう思いながら、彼女たちの笑顔を見ていた。
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