第80話 修学旅行 後日談
修学旅行が終わった。長くて短い旅行が、終わった。様々なことがあった。色々なことがあった。様々な思惑があった。交錯していた。自分のことも、他人のことも。
帰りの新幹線の中で、俺はずっと考えていた。無口がより一層に無口になっていた。香取の隣の席には居たが、しかし、香取は通路を挟んで他の人と話していた。香取が嫌っていた告白されるということを、今俺が直面している。俺も対策すれば良かっただろうか。いや、まさか身内からとは思うまい。対策してもそれは失敗しそうである。
これは果たして、俺にとって幸運なのだろうか。それとも不幸なのだろうか。深中負穏を呼び出しても出た結論は保留のみ。その場しのぎでしか無い。いつかはちゃんとした答えを出さないといけない。それが責任だ。責任。ちゃんとした答え。それはイエスと答えることだろうか。それともノーと断ることだろうか。相手を慮り、配慮するのが正解なのか。相手のためを思うのが正しいのか。俺は、俺自身はどうしたいんだ。二人と付き合いたいのか。交際したいのか。男女としてお付き合いしたいのか。……わからない。俺自身は答えを出せない。出せていない。きっと問題だとするならば、そこなんだろう。何度も何度も考えてしまう。繰り返し繰り返し考えてしまう。すぐに答えを出すことを躊躇って、考えることに逃げてしまう。俺は怖いのだ。自分の答えで、結果でなにか決まってしまうことが。だからいつもそれらしい理由をつけて、こじつけて、理由のせいにして行動するんだ。何かのせいにしないと生きていけない、そんな弱い人間なんだよ、俺は。そんな俺のどこが良かったんだ。何が良かったんだ。どうして好きになんてなったんだ。わからない。俺はわからないよ、本当に。
「どうした、何か悩み事か?」
香取が話を終えたらしく、俺のところへ戻ってきた。
「いや、ちょっとな」
「なんだよ、真剣なことなら聞くよ」
「真剣なことなら、か」
俺はちらりと香取を見て、それから窓を向いたまま話た。
「お前はさ、香取は他人から告白されることを避けて、今回の旅行それを成し遂げたわけだが、それに失敗したやつもいたんだ。受けちまった。それで答えに窮している。そんなところさ」
「そうか、それは難儀だな。そいつにその気はあるのか? 貰って嬉しいからとか、付き合ってもいいかなとか、そういうの」
「わからない。わからないんだ。そいつは、それまで誰かと交際するとか考えたことなかった奴だったからな。いきなり過ぎて、どうしたら良いかわからないんだよ。このままイエスと言って交際するべきなのか、断ってこれまで通りの生活を続けるか」
「まあ、そこは本人次第だろうな」
「そうだよな……そいつ次第だよな」
ふぅ。と言って続けた。俺らしくもない。仮定のそいつのことについて話を続けてしまった。
「結局はさ、ありきたりだけど怖いんだと思うよ。そいつは怖いんだ。人間関係が変わってしまうのが怖いんだ。友人と呼べるほどかどうかは分からないが、それでも知り合いではある人間から告白されたら、それはイエスでもノーでも人間関係が変わってしまう。これまで通りではいられなくなってしまう。そいつにとっては、それが一番怖いんだと思うよ」
「なるほどな。それは、痛いほど分かるかもしれない」
「そうか? やっぱ経験者は違うな」
「茶化すなよ、他人事じゃないんだろ?」
「さあな、どうだろうな」
彼の言うとおりである。他人事としてしまったほうが、そのほうが楽でいいのは分かり切っている。でも、今回ばかりは自分のこととして対処しなければいけない。自分事として捉えなければいけない。それだけは、そればかりは間違いない。間違っていない。
新幹線はやがて道内に到着した。そこから在来線に乗り換えて少し長い時間かけて市内に着いた。駅に着いたらそこで解散となった。修学旅行は本当に終了である。電車が着く直前は「終わりたくないー」「まだやりたいー」「早すぎー」などの歓声が車内のあちこちからしていてうるさかった。貸し切りだからって、好き勝手して良いわけじゃないんだぞ、とそう思った。
駅には母と
車に乗り込み、それからしばらくして茜に質問されるうちに修学旅行の話をした。どこを見たとか、写真を取ったとか、友達と写ってるねとか、そんなことであった。恋沙汰に関しては、香取のことも俺のことも話さなかった。やはり話せなかった。それはまだ、たとえ
家に着くと、俺は部屋に入った。荷物を整理して、洗濯物とかを出して、そして二通の手紙を見つける。これが今の俺の現実。逃げてはいけない現実。
今日は日曜日。明日、明後日は振替日で三年生は学校が休みである。
サンディーイズオーヴァー。
ウィーアーオールゴーイングホーム。
ここに残るべき理由はなにもないのに、誰も動こうとしない。俺も動けずにいる。みんなちゃんとわかっている。俺だってわかっている。永遠に続くことなんて無いということを。でもあまりに多くのものが過ぎ去っていくんだ。過ぎてしまうんだ。修学旅行も終わってしまった。あまりに多くのことが起きて、その全てが過ぎ去った。
「疲れたなぁ」
俺はこれから迎えるであろう未来を受け入れるために、今は休むことにした。お土産を持ってリビングに。家族団らんを、今この時は過ごしても良いんじゃないかと、少しは色々を忘れて過ごしても良いだろうと、そう思って。
俺の修学旅行はこうして、幕を閉じた。明日からはまた、想像以上に騒がしい日々が訪れるんだろうなと、そう思いながら。
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