第79話 修学旅行 三日目最終日
眠れなかった。
昨夜は眠れなかった。
二日目の夜は色々なことがありすぎた。俺は深中負穏を呼び出したこともあり、全然眠れなかった。しかし、答えは決まった。当面の答えは、当然の、最低限の問いに対しての解は、一つだした。恐らくは最低の、最悪の、逃げの一手。しかし、そこには理由がある。自問自答して導き出した、自分で選択した自分の答えだから、自分で選択して、選んだ道だから。言い訳せずに相手にぶつけようと思う。
三日目は岩手へ向かう事になっていた。バスの隣の席は今日も今日とて香取香平である。俺はバスの車窓を見て、流れる景色を見ながら色々なことを考えた。お土産は何が良いかなとか、金色堂は本当に金なのかなとか、なんかそんな事を。本当に考えるべきことから逃げるようにして。肘を付きながら、そんなふうに。
岩手に着いた。
九時に出発して二時間。昼は予約していたレストランで。見学はそれからだった。
金色堂はクラスごとでそれぞれに回った。一通りくるりと回って、すごかったねーとか言いながら、まあ、案外そうでもなかったな、そこまでキンキラキンではなかったとか、捻くれている俺は適当なこと言ったり。そうやってるうちに自由行動となった。まあ、基本的にはお土産物色タイムである。これが終われば新幹線の駅までバスで向かい、あとはまた新幹線で新函館北斗、そこから市内まで在来線である。帰るだけになるので、つまりはこれが本当に最後。俺と香取、そして多々良。あとは恋瀬川と渡良瀬、つまりいつものメンバーが集まった。ついでに碓氷もいた。
「ちょっと向こう見てくる」
「わかった」
なにか独特の雰囲気を感じたのか、何かを察したのか、香取と多々良は二人で違うところへ向かった。
「なんかあったんですか?」
「まあな、いろいろと」
俺は東北の特産が書かれたプリントクッキーの箱を手に取ると、それを一つ買い物籠に入れた。
「私いないほうが良いですか?」
「いや、居てくれ。いなくなったら三人で気まずい修学旅行の最後になる」
「三人で何かあったんだ……」
「っていうか、その木刀結局買ったんですか? なにに使うんですか、そんなもの」
「野球選手のモノマネとか」
「はあ、やっぱりそんなことですか」
「うるさいな、俺も買って後悔してるんだよ。だってカバンに入り切らないし、はみ出して刺さっているように見えるし、目立つし、なんだよ、これ、何に使うんだよ」
「ふたみん、そういうところあるからなー。ほんとしょうがないよね」
渡良瀬が言った。
「そうね。九郎九坂くんは、はしゃいじゃったのよ。年相応に」
恋瀬川が言った。
ふたりとも言葉に棘がありませんか、何か俺に対する当てつけでしょうか。
まあ、なんとなく今まで通りの会話というか、雰囲気というか、変わってしまったけど変わらないままでいられる気がするとか、なんかそんな事を思った。俺が気にし過ぎなのかもしれないが、しかし、一応何も言わないのもおかしいと思うので、俺は改まって、一息入れて、また改まってから、二人に話した。
「なあ、一応返答だけどさ、それ保留でいいか。保留。保留にさせてくれ、ふたりとも。お互いに、三人が三人ともなんとなく状況は察しているんだろうけど、俺からのとりあえずの答えは保留だ。それは旅行の後にしよう。二人からのアプローチはちゃんと受け取ったから、その点は安心していい。そしてたぶん俺のことだ、ちゃんと近いうちに答えを出すと思う。たぶんな」
「なにそれ……まあ、そっか。わかった。しょうがないな、ふたみん。仕方ないから待つよ」
「仕方ないわね、ホント」
っていうかやっぱりりうりーも? 負けないからねー。このこのー。
向こうは何やら向こうで、女の子同士、仲良い同士、ライバル同士、うりうりと乳繰り合っているようであった。楽しそうであった。
「なんですか。モテますね、先輩」
「うるさい、あまり茶化すな。他人事じゃないんだよ、こっちは」
「あ、それって私のことは他人事ってことですか? ひどいー」
ああ言えばこう言う。面倒だな、こいつは。
旅行の前にも思ったが、しかしどいつもこいつも恋愛とか、恋とか、告白とか、そんなんばっかり。好きだねぇ。いや、ホント懲りないんだから。
巻き込まれちまったな、と。俺は思った。
他人事にしか思っていなかったことが、まさか自分事になるとは。世の中どう転ぶかわからない。明日は我が身ってか。
俺は家族用に名物のせんべいが入った袋を二袋見つけて手に取ると、買い物カゴに放り入れて、次の名物を物色しに行くのであった。
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