第77話 修学旅行 二日目そのに

「失礼します」


 大垣先生は一人部屋だった。地酒の缶ビールとタバコの跡があった。俺は促されるまま、適当に座った。



「実は恋瀬川から預かりものをしていてな。これだ」



 それは封がしてある手紙だった。嫌な予感がした。いや、普通は良い予感なのだろうが、良いことなのだろうが、俺にとってそれは災厄とも言える最悪で、そして渡良瀬から貰ったやつと似たようなことであろうと想像がついた。想像がついてしまった。



 大垣先生はタバコに火をつけながら、話した。



「恋瀬川は、渡良瀬が今日やろうとしていたことを知っていたようだ。事前に本人から、渡良瀬から聞いたのかもしれない。そこで恋瀬川は私に、女子部屋に行く理由になってくれと頼まれた。先生に呼び出されたことにすればいいと、そう言った。そしてそのばでその手紙を綴って、私に渡してくれと頼んだ。修学旅行の少し前のことだ」



 大垣先生が来たのは恋瀬川の手引きだったのか。そしてその場で書かれた、本音の一言。封を切って開いて見た便箋には真ん中に一言『あなたをお慕いしています』と書かれていた。あとは分かるでしょと言わんばかりの、これ以上言わせるんじゃないと言わんばかりの。



 俺はため息をつく。そして思い出す。いつの日だったか、渡良瀬は『わたし、そんなふたみんのこと好きだよ」』と言っていた。恋瀬川は『あら、私も九郎九坂くんのこと気に入っているのよ』と言っていた。あれは伏線だったのかもしれない。勘違いではなく、間違いではなかったのかもしれない。



「モテる男はつらいな、九郎九坂」


「辛すぎますよ、これは。俺はどうしたらいいんですか」


「それは君が決めないと。君自身のことだから」



 誰だか知らない、誰なのかわからない女の子から渡されたほうが、告白された方が良かった。その方がわからないと突っぱねることができたからだ。ふたりとも良く知っている、ふたりとも俺の知り合いである、知り合いとして知っているからこそ、おざなりに出来ない。適当に出来ない。おふざけでなく真剣だとわかってしまう、だからこそ、大切にしなくちゃいけないとわかっているからこそ、俺は絶対に大切になんかできないって、そうわかってしまうのだ。俺なんかが応えられるわけがない。答えを出せるわけがない。くそぅ、どうしろって言うんだ。



 俺はしばらくして先生の部屋を出て、自分の部屋に戻った。香取には遅かったなと、言われた。俺は大垣先生に呼ばれていたと、事実を言った。疑いたければ先生に明日確かめてみろとも言った。カバンに二通をしまってから、俺は布団に潜り込んだ。


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