第74話 修学旅行 初日そのに

「おい、碓氷!」



 俺は彼女を見つけて声を掛けた。彼女は一人でベンチに座っていた。



「ああ、先輩。駄目でしたよ、うまくいきませんでした」


「らしいな。まあ、それにしてもよくやるよ」


「先輩がチャンス作ってくれたんじゃないですか」


「あんなのはちょっとしたサービスみたいなものだよ。まさかそれをそのまま捉えるとは。その方が名手だよ」


「でも、駄目でした」


「あたりは良かったけど、残念ながら抜けずにセカンドライナーってところかな。うまく捉えたけど、当てはしたけど。まあ、次の打席に期待だな」


「次の打席……?」


「今回が駄目なら次打てば良いんだよ。まだ初めてだろ、あいつに告白したのは。まだ初回。それなら試合が終わるまでの次の打席で打てるように、チャンスが巡ってくるのを祈りながら準備をすれば良い」


「どうですかね、最初で最後だったかもしれないですよ」


「さっきのが?」


「もう三年生の後半ですし、大きな行事は修学旅行以降何もないですし。それに香取くん堅いですしね。いつも先輩隣において独りにならないようにして、自由行動も先輩たちと集団で行動して、部屋まで同じじゃないですか。もう香取くんと先輩付き合ってるんじゃないですか?」


「それは悪い冗談でも有り得ない話だ」


「そうですよね、すみません。ショックで気が動転しているんです、そういうことにしておいてください」



 俺は可哀想な、実は小心者で、今は傷心者の同級生の後輩をどうしようかと思った。どうすればいいだろうかと、思った。



 スマートフォンを取り出す。電話を掛ける。



「もしもし」


「もしもし」


「恋瀬川か、今香取たちと一緒か」


「ええ、一緒におみやげコーナーとか見ているわ」


「そうか。なら、そっちは任せていいか。気まずい雰囲気の香取をフォローしてやってくれ」


「ねえ、九郎九坂くん。私達、よくわかってないんだけど。何がどうなったの?」


「碓氷が香取に告白して振られた。渡良瀬にもそれとなく伝えてくれ。碓氷は、彼女は今、俺のとなりで傷心状態だ。こっちはなんとかする。そっちは、香取に関してはバスの隣の席の時に話すつもりだ」


「そう。わかったわ」


「ああ、よろしく頼む」



 まったく、なんで他人の色恋にこんなにも右往左往と、あたふたとフォローやら何やらしなくちゃいけないのやら。どこまで世話を焼かないといけないのやら。これだから人間関係は面倒なのだ。そんなもの作らないでひとりでいたほうがずっと良い。孤独こそ最強。ボッチであることこそ至高。これは変わらない。不変だ。



 俺は碓氷の隣りに座って、カバンからガラナを取り出して飲んだ。甘い炭酸が広がる。



「なんですか、先輩。香取くんのところへ戻らないのですか」


「なに、あと三十分もすれば十七時だ。全体集合のときになれば、嫌でもあいつとは顔を合わせることになるよ。それまでは他クラスの碓氷と居ようと思ってな。それともなんだ、好きでもなんでもない男子だと、隣りにいて居心地悪いか」


「いえ、別になんでもいいですけど」



 それから俺と碓氷は大して話をしないまま過ごした。二人で目の前のお城を見上げるように、眺めながら過ごした。入り口でもらったパンフレットを見て、予備知識を見ながら、そのお城を見ていた。どこか浸るように、歴史に思いを馳せるように、ぼやっとそれを見ていた。



「ゔっ、うぅ……」



 うわーん、うわーん。



 隣の女の子が泣き出した。思いっきり泣いていた。それは年相応に、少女というよりかはひとりの女の子として。ぐすんぐすんと、すすり泣き程度だったのが、打って変わって今度は思いっきり泣いていた。周囲の人目もはばからず、俺のことなんていなかったかのように泣いた。思いっきり、泣いていた。いや、俺がいたから泣いたのか。安心したのかもしれない。しかし、そういう意味なら、そんなのは自分の友達とかにその役をやってもらえばいいのに。何で隣りにいるのが俺なんだろうか。そう思いながら、俺は泣きじゃくる女の子にポケットティッシュを差し出した。お世辞として言うならば、その可愛らしい顔が鼻水で台無しになっているから。だから俺はティッシュを差し出したのだった。彼女は無言で受け取って鼻をかんだ。



 時間だ。



 さて、今度は男の方である。泣きじゃくらなければいいが。男の涙など見たくないし、処理もしたくないぞ。やれやれ、仕方ない奴らばかりである。













 ※ ※ ※














 城と公園見学が終わり、ホテルへ向かうためにバスに戻った。それから点呼して人数確認をすることに。その役割である学級委員の香取が数えて、担任に報告。俺の隣の席に戻ってきて、それからバスは走り始めた。



 しばらくして、俺は香取が他の誰とも話していない頃合いに話しかけた。



「大変だったな」


「それは、君の方こそ。どうやって女の子を慰めたんだ?」


「涙と鼻水を拭いてやった。お世辞にもそこそこ可愛い顔してるんだ、台無しになるところだったからな」


「へえ、意外とやるんだな。九郎九坂」


「お前が断らなければこんなことにはならなかったんだが」


「冗談。俺は誰から言われても断るよ」


「そうかよ」


「そうだよ」



 話が途切れた。まあ、俺がそのことについて、その告白を受け入れない理由については、追求する意味はないだろう。なぜとか、どうしてとか、そんなことは無粋で、無礼で、他人事に過ぎない。俺が頼まれたことは『告白されそうだからなんとかしてほしい』ということだったはずだ。そういう意味では、今日は失敗だ。反省して明日以降に繋げないといけない。



「ホテルで部屋に戻ったら、明日以降の話をしよう」


「ああ、そうだな」



 俺達はホテルに着くまで、それきり話すことはなかった。

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