第73話 修学旅行 初日そのいち

 修学旅行当日。


 

 前日まで色々なことがあったが、ここまで各々に様々な思惑があったが、それが交錯していたが、しかし当日になった。そうすれば、たとえどんなことでも、どんな考えでも、その全てが白日の下に晒され、全てが実行、不実行の元に事実となる。それが思い上がりだということを思い知らされるような、そんな旅程となることを、出発前の俺は知らなかった。いや、本当は知るべきだったのだろう。予測し、行動を確認し、予定して、予め知ってから望むべきだったのだ。それは俺としてはなんとも愚かで、お粗末なことに他人行儀でどこか他人事だった。それがいけなかった。自分事なのに、自分事ではないかのように、やることはやったから、あとのことは自分は関係ないかのように、そう振る舞ってしまったのが何よりの失敗だったと、あとになってからそう思ったことを付け加えておく事を忘れることのない、そういうことは失念しない俺である。それはなんというかつまり、まだマシな自分を保っている方だと、コトの起きる前だからこそ言えるのだと、前語りの時点の俺を、俺はそう思った。




 修学旅行の始めは電車移動だった。八時半の電車に乗る。新函館北斗まで電車で三時間。俺は隣に香取が座る中、車窓からトンネルを見ながら過ごした。そこから新駅で乗り換えて今度は新幹線である。新幹線は一時間掛からないで到着する。あっという間である。途中弁当が配られ、それを受け取る時に香取とは一言、二言、言葉を交わした程度だった。食べていたらもう到着。人生初の新幹線なんて、そんなものであった。新青森駅で降りて十三時手前。そこから貸し切りのでかいバスで十分。十三時位に三内丸山遺跡へ到着。そこが最初の観光地だ。



 三内丸山遺跡は少し前に北海道や北東北の縄文遺跡群の一つとして世界文化遺産に登録されている。ガイドの説明を受けながら、四十分位だろうか。そうやって全体を軽く見て回って、見て回ったんだけど、全然見きれないや! 広い! と思いながら写真をパシパシ撮って、説明を看板で見たり、聞いたりして、なるほどなるほどと思った。



 一時間半ほど見学して、足早に、矢継ぎ早にまたバスに乗り込んだ。バスの隣も電車、新幹線に引き続き香取である。ここまでくると俺は彼の護衛のように思えてきてしまうぜ。



 一時間ほどバスに揺られることしばし。着いたのは弘前。そしてバスが駐車場に入ったのは弘前城のある公園、弘前公園駐車場であった。



 時刻は三時四十五分。閉園時間の十七時までの一時間と十五分ほど自由に散策して良いことになった。俺は連絡を取って香取と、恋瀬川、渡良瀬、多々良を呼んだ。もちろん、例の彼女を忘れる俺ではない。



「はじめまして、碓氷陽葵と言います。よろしくお願いします」


「ええ、よろしく」


陽葵ひまりちゃんね、よろしくー。四組だっけ?」


「はい、四組です。ね、先輩」


「……先輩? 誰のことだ? もしかして俺のことか? なんで、同じ学年だろ」


「四月生まれと聞きました。わたし、十二月生まれですので。ね、先輩」



 こいつの『先輩』は悪意しか無いなと、そう思った。



「香取くんとは良いよね、去年同じクラスだったし。話もしてたし」


「あ、ああ。そうだね、碓氷さん・・



 さん、付けられたことである程度一定の距離を取られたことが不服なのか、少し膨れていた。仕方ないやつだな。



 パシャ、パシャ。



 俺は城をスマホで撮影すると、その画角を確かめて、頷いてから言った。



「さて、俺はこれで目的済んだからな。城の写真は撮れた。あとは、本当に自由時間だ。どうする? 時間無いけど中でも見てくる? それとも公園回ってみるか? 広くて見きれないだろうけど」


「公園見ましょう」



 碓氷はそう答えた。



 俺たちは歩き出した。俺は一番うしろでいつも通りひとりきり。香取の子守はおしまい。俺のその前に恋瀬川と渡良瀬。一番先頭には碓氷と香取がいた。そういう並びで歩いていた。適当に見て回って、なんか遺跡っぽいかなー、門かなー、桜の木かなー、時期ならすごいのかなー、とかって見て回っていた。しばらくして、しばしして、そうしていたしばらくあとのその時、前の二人が歩みを止めた。なにか話をしている。片方がうつむいた。こっちへやってくる。すれ違って、俺は香取のところへ向かった。



「どうした?」


「……泣いてる」



 え? 誰が?



 それはすぐにわかった。彼女はついさっき一人こちらの方へ歩いていて、それから走ってきて、隣を通り過ぎて、俺の後ろ向こうへ走って行った。



「なにがあった」


「いや、その…………断った」


「……そうか」


「ああ、隙を突かれたな」



 まあ、俺がサービスして半分二人っきりの状態を作ってやっただけなんだが。まさか、初日から仕掛けるとは。あいつもやりおる。



「探してくる」


「……すまない」



 恋瀬川たちもやってきた。



「俺、探してくるから」


「あ、うん。わかったー」



 渡良瀬達に手を振って、そして俺はいなくなった少女を探し始めた。





 

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