第71話 小さなツインテール

 次の日。放課後。


 香取に紹介文を書いてもらった俺は、そのウスイという女の子と落ち合う約束をした。正確には香取がLAINE! でメッセージを送り、俺のことを伝えたうえで、会う約束をした。場所は図書準備室。狭いところに借りてきたパイプ椅子を二つ向かい合わせて。



 小さなツインテールを携えた彼女はドアをノック。開けて言った。



「失礼しまーす」


「ようこそ。狭いけど、掛けて」


「はい」


「ウスイさんだね、香取から聞いてると思うけど、俺は九郎九坂二海。漢字はイチロウから数えて九番目の九郎、もう一つ漢数字の九に坂道の坂で九郎九坂。フタミは、二つ海で二海だ」


「私は碓氷陽葵と言います。石偏にスイにコオリの氷で碓氷です。スイは進むとか、推薦の推とかの手偏やしんにょうのない作りのスイです。それに石偏のやつに氷です」



 ウスイ……碓氷か。何だ。いや、どこだ。湖? 利根川水系か?



「名前は太陽の陽に葵でヒマリ、陽葵です」


「そうか。わかったよ、ありがとう」



 それで、碓氷さん。



 俺は話し始める。



「じゃあ、さっそく。単刀直入だけど、なんで香取くんから直接連絡来たのに俺が来たのか、疑問に思ってない?」


「そりゃ、まあ。正直どちら様ですか、って感じですけど」


「そうだよね。実は俺は彼のスポークスマンではないし、護衛でも、ネゴシエーターでも、探偵でもない。彼の友達でもなければ仲間でもない。知り合い程度、お互いが互いを知り合っている、その程度の関係だと認識してくれていい。それ以外は駄目なくらいだ」


「はあ、そうですか」


「しかし、俺は一つ彼から、香取香平から依頼を受けている。だから、それに基づいて行動している。そう理解してくれて良い。彼が依頼人なら、俺は請負人というわけだ」


「はあ、そうですか」


「結論から言うと、香取は修学旅行のときに、俺や恋瀬川生徒会長たち複数名、仲良しグループと一緒に過ごす。その修学旅行の自由時間をそうやって過ごすことが多くなるだろう。だから香取を呼び出して二人きりになろうとか、あわよくば連れ込んで告白しようとか、そういうのは難しいと言えよう。無理だ。厳しい。しかし、今ここで俺と交渉して、逆に俺たちと一緒に行動すれば、思い出を作ることぐらいはできるだろうけどな」


「なんですか、それ。選べっていうんですか」


「知っての通り、いや、知っているかどうかは分からないが、しかし、香取という男は人気が高い。実は他に複数名から香取は修学旅行で一緒に過ごせないかというメッセージを、連絡を既にもらっているらしい。修学旅行はチャンスなのかなぁ、知らないけど。まあ、やり手のやつだけで既に行動者は多くいるということだ。奥手で機会を伺っているやつを含めたら、それは結構な数になるだろう」


「だから行動してるんじゃないですか」


「しかし香取は俺たち仲良し軍団と、正確には全部で五人のグループで過ごすつもりだ。その予定は揺るがない。そして基本的には他の人間は介在させない、この仲間にはしないつもりでいる」


「五人って?」


「全員同じクラスメイト、三年一組だよ。香取と、生徒会長の恋瀬川、その友人渡良瀬、同じテニス部の多々良、そして俺。九郎九坂。全部で五人だ」


「そこに加えてくれるの?」


「ああ、もちろんさ。そのための今日だ」


「同じクラスじゃなくて、他クラスの私にとっては、一緒に行動するチャンスがそもそもない。だから昔の、ニ年生のときの連絡先を使って連絡した。結果は失敗。あなたが来た。だけど、今度はチャンスとしてその行動の輪に入れてくれる。その代わり二人きりにはなれない。そういうこと?」


「そうだ。そのとおりだ。二人きりなるのは禁止だ」


「そう。なら、その集団行動している時に告白するわ」


「……まじか?」


「ええ。本気よ。周りに誰がいようと関係ない。私はわたしらしく。真っ直ぐにあるだけよ」



 俺は拍手を送りそうになった。賛辞を、その心意気に対して送ろうと思ってしまった。そのひたむきに、ただ直向ひたむきなその姿勢に、気持ちに、真っ直ぐさに、俺は面白いと思ってしまった。



「わかった。それは構わないよ。実際何をしようが自由なんだからな。自由時間というぐらいなのだから」



 散策するのも、お土産見るのも、告白するのも自由である。集団行動としての最低限度の節度は求められるが、しかし制限はそこにはない。



「え、いいの?」


「いいよ、俺と香取は友達ではないからな。別に構わないだろうよ」


「友達じゃないの?」


「さっき言ったじゃないか。知り合いだって。お互いが知り合っている関係だって」


「? クラスメイトとなにが違うの?」



 まあ、クラスメイトと一言で言えば、他人行儀で言えばそうなるんだが。でもそれだけでは請負人なんて、普通はやらない。知り合いでもなければ、そんなことは普通は、やらないんだよ普通は。



「連絡先交換しておこうぜ。良いように取り計らってやるよ」


「そう。よろしく」



 俺と碓氷は連絡先をこうして交換し、約束を取り交わした。三日目どころか、一日目、二日目の自由時間も五人の集団行動の輪に入れてやること。香取を呼び出し、二人きりになることはしないこと。碓氷以外の女の子からの連絡はすべて断ること。



「他の女の子からの連絡を断るってことは実質、一歩リードね。そのまま二盗、三盗してホームスチールね」



 野球か? 野球が分かるのか?



「まあ、修学旅行までには根回ししておくよ」


「そうですか、よろしく」



 手を出された。小さなツインテールの小さな手。



「よろしく。まあ、頑張れよな」



 俺はその手を取った。

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