修学旅行編

第70話 人間どうしてどいつもこいつも

 修学旅行。もうそんな季節になった。中学野球大会で全国優勝を成し遂げてから二週間。あと一週間と少しで、だいたい月末になると待ちに待った修学旅行だ。



 修学旅行は青森県、秋田県、岩手県、東北三県を巡る旅になる。どうせなら東北六県全てを巡る旅をしたいものだが、しかし予算と時間が限られている。やむを得ない。残りは働いてお金を貯めて巡ることにしよう。



 さて、それはそれとして良いのだが、ここで厄介事を持ち込まれた。そこで恋瀬川、渡良瀬をいつもの部屋に呼び、当事者をいつもの部屋のソファに座らせた。俺と渡良瀬は隣に座っていて、彼がその向かいに座った。恋瀬川はいつもの玉座である。



「告白されそうだ、なんとかしてほしい」



 彼とはそう、今回も香取である。香取香平。俺と同じクラスの、今年もクラス委員長、顔がイケメンで、身長高くて、テニス部の部長で。学力は恋瀬川に次いで万年学年二位。スポーツもできる、走っても早い、球技大会も実は三安打猛打賞。勉強もできるし、頭も冴える、そしてかっこいい。つまりは女性の、異性の好意対象となることが多いのだ。自然とそうなるのだ。ならざるを得ない。そんな気苦労しかない彼から、頼まれたのが、



「修学旅行の三日目、自由時間に会えないかと言われている」


「三日目? 岩手か。なんだ、金色堂で告白でもするつもりか?」


「中尊寺金色堂は自由時間ではないわ、全体で、皆で回るルートの一つよ」


「そうかよ」



 まあ、つまりは三日目の自由時間に告白されそうだ。できることならば、昨年の夜景、バレンタイン同様に回避したい。そういうことなのだ。そういうことなのだろう。



 ふぅ、どうしてこうも。



 こいつも、どいつも、あいつも、みんな、みんなして恋ばかりなのだ。恋愛ばかりなのだ。恋愛なんてそんなに良いのか? ときめきたいものなのか? きゅんきゅん、したいものなのか? ラブコメがそんなに好きか。ラブがそんなに良いのか。なんなのだ、なんだ、いったいなんなんだよ、もう。



「なんで、こう、みんな恋愛ばかりなんだろうな。恋愛だけが人生の全てじゃないだろうに。他にやること無いのか?」


「それは激しく同意する。九郎九坂の言うとおりだと、僕も思う」



 香取と久々に……いや、初めてか。初めて意見があった。ハイタッチするような気にはならないけど。そんな仲ではないけれど。



「えー、でもいいじゃん? 恋愛。そういうのも必要だと思うよ」


「渡良瀬。それならお前は恋愛しているのか? 香取のこととか好きなのか?」


「え? 香取くん? いや、その、好きとかそんなんじゃ、いや、嫌いじゃないと言うか、人としては良いかなと言うか、友達? みたいな?」


「なに動揺してんだよ、お前。本当に好きな人いるのかよ」


「えっ!? ええと……あはは……」


「まじかよ。まあ、誰でも俺の知ったことじゃないけどな」


「ふたみん冷たい!」


「まあ、そんなことより」


「そんなこと!?」


「……そんなことより、香取の話だ。どうする? 今回も、また俺たちでグループ作って自由行動動くことにして、それで回避するか?」


「いや、それができたらそれが良いんだけど、彼女結構しつこくてね。はぐらかそうとしたら、その人友達ですか? 大事な人ですか、って迫ってきて」


「誰だよ、そんなにしつこい奴」


「二年生の時に同じクラスだった碓氷うすい陽葵ひまりって女の子」


「同じってことは二年八組か。今は?」


「三年……三年四組。彼女は四組だ、確か」



 なるほどね。前のクラスの時に同じクラスで、それからそれでってことはなかなかだな。クラスが変わっても想い続ける。しかも、大きなイベントで行動をいの一番に実行する。競争率がありそうな彼に対して、すぐにアプローチする。それは相当なものなのだろう。相当な強さの想いなのだろう。誰かのことを本気で好きになったことのない俺には分からない事だが、しかし、その行動力には認めざるを得ないところがある。そして俺もいつだって、いつもいつだって香取の味方である必要はないのだ。その、ウスイと言ったか。どんな漢字を書くのかは知らないが、彼女の味方をしてやるのも、それはそれで良いかもしれない。そう思ったが、考え直した。人間どうしてどいつもこいつも恋愛ばかりなのだ、という共通認識を俺は彼と持っている。では、こうしよう。



「恋瀬川、渡良瀬、何か、良い案というか意見あるか?」


「うーん」


「ええと……」


「そうか。なら、俺から提案だ。俺は両方を応援することにする。香取のためにも動き、そのウスイ? か。ウスイのためにも行動してやる。まあ、言ってみればウスイのことは、このことは伏せておいて、あえて香取に言わないままでやることもできたが、しかし予め宣言しておこうと思う。恋愛なんて所詮人間関係のもつれだ。誰も妙案がないなら仕方ない。俺に任せておけ」


「大丈夫か」


「香取。俺に頼む以上、無傷とは行かないが、結果は思った通りになるだろうよ」


「……大丈夫か」



 香取は恋瀬川と渡良瀬をの両者を見る。ふたりとも呆れたような、諦めたような、そんな顔であった。



「作戦が決まったら連絡する。その時は恋瀬川も、渡良瀬も手伝ってくれよ」


「仕方ないわね」


「うん! 頑張って、ふたみん!」



 こうして俺はとある片想いについて、二人分の意向を汲み取りながら行動することになった。

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