第69話 卒業後進路

「そうか、新聞配達か」


「はい、いろいろと見せて頂いたのですが、直接話を聞いて一番良かったので」


「わかった、では採用面接を行ってもらえるか、取り計らってみよう」


「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」


「私も社長さんと店長さん……部長さんも兼任だったかな。お二人と話して、良い人だと感じたよ。九郎九坂なら頑張れるんじゃないか」


「まあ、そうですね。頑張りたいですね」


「わかった。九郎九坂の意向は、意見はわかった。あとは話しておくよ。決まったらまた連絡する」


「はい、お願いします」




 「失礼しました」と言って、俺は職員室を後にした。俺は次へと向かう。今日も生徒会の手伝いで呼ばれている。俺は生徒会長室へ足を向けた。入る前に、その前に向かいにある自動販売機でガラナを買った。



 ガゴン。



 手にとって、プシュッと開けて、一口飲んで、それから生徒会長室をノックした。



「どうぞ」


「よお、来たぜ」


「あら、九郎九坂くん。ありがとう、今日は修学旅行の件で忙しいのよ」


「修学旅行。来月か」


「ええ。一、二年生は宿泊研修が待っているしね。予算とか、会計とか、書類整理をお願いしたいの」


「わかった」



 俺は向かい合っているソファの片方に荷物を置き、恋瀬川から書類を受け取った。そのまま座り、書類に目を通し始めた。向かいにはいつもの通り、渡良瀬が座って、彼女も書類整理をしている様だった。



「ふたみん」


「ん? なんだ?」


「ふたみん、卒業したらどこ行くの?」


「ああ、俺は進学しないよ」


「えっ、どうするの?」


「就職。今のところ校内で一人だけだってさ、就職希望は。今は説明会を受けて、面接の予定をこれから大垣先生が先方と決めてくれる」


「そ、そうなんだ。なんかすごくびっくりした」


「そうだな。言われてみれば、そういえば誰にも言ってなかった気がするな」



 俺はガラナを取り出して、一口飲んだ。甘い炭酸が広がる。



「渡良瀬はどうするんだ」


「私は決まってない。学力的には茂岩とか平義志かな。あとは私立? どこか進学できればいいかなって」


「ヶ丘とかは?」


「うーん、ちょっと無理かな。いや、ものすごく頑張れば行けるかもしれないけど」



 ちなみに、ヶ丘とは、茂岩や平宜志より偏差値が上の公立高校である。さらに、市内では東、西、南、北の各高校がトップ四として有名である。一番は南、らしい。ヶ丘は五番目になるのか? まあ、偏差値なんて、誤差でしか無いから、順番なんてつけても付けられないようなモノだけど。



「私は『ヶ丘』希望よ」


「え、恋瀬川がか? 南とかじゃなくて?」

 

「ええ、あそこ私服登校じゃない。だから、制服着られるところが良いのよ」


「ふーん、そんなものかね」


「そんなものよ」



 俺達はそんな当たり障りの無い、何てことのない会話をだらっと続けた。卒業後どこに行くとか、何をするとか、そんな話。三年生も夏休みが明けて秋である。勉強漬けの日々ではないのかと、俺は問いただしたが、今日は休みだという。そんなものかね。



「修学旅行が終わったら、もう特に行事無いのよ。予定もあまりない。だから、そうなったらみんな勉強漬けの日々を送り始めるんだと思うわ」


「そうか、そうしたら、あまり集まれなくなるな」


「ええ、そうね。今年はクリスマスイベントの予定も無いし。集まる理由は無くなるかもね」


「そうか、それはーー」



 俺が言おうとした時、彼女が被せて言った。



「寂しいね」 



 この三人の集まりを、誰よりも好きでいた彼女だから、いや、彼女としてだからこそ、尚更だろう。そう思ったから、思ってしまったから、だから俺はそんな事を言ってしまったのかもしれない。



「まあ、まだ卒業まで日にちはある。たまには集まっても、誰も悪く言わないと思う。だから、それこそ、卒業後に集まっても、悪くはないだろうよ」


「そうだね。また集まろうね」


「ええ」



 俺もこの時間が嫌いじゃない。やがて三人の会話は、言葉はなくなり、紙が擦れる音だけが響くようになる。そんな時間。静かな、だけど三人が確かにいるこの場所。俺の居場所。大事で、大切で、考えると切なくなるような、そんな時間が、実は俺なんかは、嫌いじゃなかったりする。そんな事を思いながら、俺は書類の不備を指摘しようと、恋瀬川に声を掛けるのであった。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る