第60話 独占欲
「犯人がわかった?」
「ああ、その陳述書を出した犯人が分かった。だから渡良瀬と恋瀬川に来てもらった」
「どういうこと?」
「犯人は渡良瀬……渡良瀬彩芽だ」
恋瀬川は静かに驚いていた。自然と渡良瀬の方を向く。俺はソファに座ったまま炭酸の、ガラナのキャップを
「結論から言うと、そこに書いてあるいじめなんてものは存在しない。一年の少年少女たちはみんな仲良く日々を過ごしている。いじめは無し。デタラメ、嘘っぱち」
「で、でも」
「それがうちのクラス、三年一組のことだとしてもだ。ひとりぼっちのことが多い俺はいじめられていない。君ら含めた知り合いから挨拶も毎朝される程度には仲良しだ。影山も違う。いじめじゃない。あれは本当に無口なんだ。喋らないだけ。けっこういろいろ考えてる良いやつだよ。香取とかも、それを分かって少し話してるし、俺なんか野球談話をしたくらいだ。いいか、ひとりぼっちであることを、孤独を可愛そうだなんて思うなよ。憐れむなよ、哀れむんじゃない。悪意を持って孤立しているなら話は別だが、孤立と孤独は違う。全くの別物だ。別の存在だ。いいか、俺は知っている。寄る辺なく立ち、一人で歩き、凛とした姿で生きるやつを。彼女は孤高かもしれないが、孤立はしていなかった。ひとりでも、ひとりきりじゃなかった。認めてくれる人がいた。俺もさ、俺もいつもひとりぼっちで、残念な思考で、捻くれていて、端くれみたいな存在だけど、だけど認めてくれる人がいる。端から見たらわからないけどさ、居るんだよ」
「そっか……なんか、ごめんね」
「どうしてあんなもの出した」
「理由は……三人で居たかったの。三人の時間が欲しかったの。理由がね、理由が欲しかったの。三人でいる時間の理由が欲しかったの。影山くんとか、ふたみんがひとりぼっちなのも解決できたらって思ったけど、勘違いだったみたいだね。それは、まあ、でも言ったらおまけというか、理由というか、動機みたいなものなんだ。わたし、この三人好きだったから」
「そんなの、いつも三人でいるだろう」
「ううん。ここ二ヶ月くらいあまりなかった。四月に清掃ボランティアで集まって以来あまりなかった。クラスではね、同じ班だし、一緒だけど、そうじゃなくて、この三人で一緒に、この部屋で居ること。作業したり、駄弁ったり。そういうのが、あたしは好きだったんだ。掛け替えがなかった。一昨年は大好きなりうりーと二人で居るのが当たり前で、生徒会の手伝いして。そしたら、去年ふたみんが現れて。りうりーのこと奪っちゃうのかと、最初はそう思った。ヤキモチ焼いたんだ。でも、そのうち自然と三人でいることが多くなって。言ったじゃん、あたしふたみんのことも好きになったって。だから三人で居たかったんだ。三人で過ごしたかった。それだけ。それだけだったのに、ごめんね。あたし結構捻くれているかも」
「ああ、十分捻くれ者だよ」
「渡良瀬さんは、独占欲が強いのよ」
「あはは、りうりーにそれ言われちゃうと何も返せないや」
「それだけ大切に想ってくれているってことだもの。嬉しいわ。でもね、三人で過ごすのはしばらく延期よ」
「え……」
「ほら、学校祭。うちのクラスは『銀河鉄道の夜』をステージ発表するじゃない。クラスもそれに合わせた内装装飾をやる。色々大変じゃない。渡良瀬さん、衣装係担当だし」
「そうなのか」
「あら、知らなかったのジョバンニさん」
「ジョバンニ!?」
「あたしがカンパネルラで、あなたが孤独な少年ジョバンニ。台本もらったでしょ、読んでないの?」
「ちょっと抗議してくる」
「今更無理よ、観念なさいジョバンニ」
「いや、待て、いや、よく考えろよ。演劇なら、そうだ香取の方が見映えする。背も高いしな。それか、孤独な少年なら影山にでもやらせろ。あれぐらい影のある奴は他にいないぞ。ぴったりだ。そうだ、そうしろ。なぜ俺なんだ、なぜ俺がやらなければいけない。ああ、
「あら、原作のセリフバッチリじゃない。その調子よジョバンニさん」
「その名前で呼ぶな! ……たのむから、呼ばないでくれ。現実味が増してくる」
誰だ俺をジョバンニなんかに采配したやつは。ほとんど主役じゃないか。裏方の小道具づくりとかにしてくれよ、目立つのは嫌だよ。なんで俺なんだよ。俺を選んだんだよ。
たくさん悩んでたくさん苦しみ、それを何べんも繰り返して、あらゆる人の一番の幸福を探す。彼はそんな事を口にしていたような、俺は原作のセリフをそうやって思い出す。やれやれ、劇の主役など死んでもやりたくないが、俺はこの作品が好きだ。だから嫌と言おうにも嫌と言えないな、とそんなことを思った。
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