第59話 最善の答えであり最悪の結論

 俺はまず、恋瀬川に聞いた。


「恋瀬川はいじめの加害者になったり、被害者になったりしたことはあるのか?」


「いえ、私の認識では無いわ。人間関係のトラブルなら、多少は思いつくけど」


「たとえば思いつくの何かあるか? いや、話しにくかったら言わなくても構わないが」


「小学生六年の時に、好きだと言われた男の子を振って、その男の子を好きだった女の子とトラブルになったことがあるわ。それとは別に、また別の男の子と交際の噂になったりして、その男の子は女の子に人気だったから、また女の子とトラブルになったわ。渡良瀬さんはずっと私の友達だったから、いくつか覚えているかもしれないわね」


「う、うん。覚えてるかも。そういうの」


「そうか、わかった。話してくれてありがとうな」


「いえ、別に。大したことないわ」



 そうなると、本人の自覚とは別に人間関係のトラブルからいじめだと認識していて逆恨みしている可能性も、無いわけではないわけだ。その線を頭に入れつつ、さて、考えるのはもうひとつの問題だ。一年生のどこかのクラスで起きているという、いじめ問題。学校祭を前に、いやクラスとしてまとまって行動し、取り組んで行う行事だからこそ、そういう問題が浮き彫りになるのかもしれない。そのクラスを特定し、差出人を特定して、示談にする。これがベターか。それとも、それは、告発人の特定は事態の悪化を招いてしまうのか。いや、少なくとも現場がどこかを把握しておくことは悪いことではないはずだ。



「よし、一日時間をくれ。調べてみる」



 俺は恋瀬川から告発文を、自称陳述書を預かった。










 ※ ※ ※

  







 俺は放課後、一年の教室前を見て回った。生徒会長に許可を取って聞き込みをしたのだ。クラスの代表かわかるやつに、クラスの出し物が何をするのか最終チェックだと言って。話を聞いた。もちろん、本題の話は出していない。部活もあるだろうから、クラスの全員が見られたわけではない。それでも全クラス回った。そして俺は気がついた。いじめられている雰囲気は、目に見えてはないことを。クラスが破損していたり、汚れていたりで荒れているクラスはない。机に落書きとか、刻まれた文字とか、そういうのもない。どこもきれいだった。



「お兄ちゃん、なにしてるの」


「? ああ、あかねか。何、生徒会の仕事だよ。手伝いやってるんだ」



 「へぇ」、と声になったかならないかの返事をした。


「何か変わったこととか、困ったことはないか。できることは少ないが、報告して対処できることもたまにはある」


「役に立たない生徒会の使いっ走りだなぁ……まあ、茜は特に無いかな。みんなはある?」



 各々唸っている。俺はその目線とかに注目した。表情に着目した。違和感のある子はいないか、挙動不審な、隠し事をしている子はいないか。探す。探す。



「ここのクラスは学校祭、なにやるんだ?」


「プラネタリウムだよ。そんな事も知らないの? 本当に生徒会?」


「すまんな、手伝いの使いっ走りだからあまり情報持ってないんだよ。答えてくれてありがとうな」


 

 俺が褒めると一年少女は嬉しそうにした。



「じゃあ、次に行くから。ご協力ありがとうございました」



 俺は目に見える範囲には無いな、と思った。



 しかし、いじめとは自己承認欲求を満たす一つの方法であり、みんなが、周囲が見ている必要がある。みんなが見ている中で、自分の立場の強さを示すことで承認欲求を満たすのだ。相手なんて誰でも良い。弱くて、手頃で、言いくるめやすくて、扱いやすい。それだけで、誰でもターゲットにるのだ。ムカつく、鼻につく、目の上のたんこぶ、目障り。それだけでもターゲットになる。自己を勘違いした、思い上がった思い込みの強いやつが、自分が何者かであると勘違いした奴が、相手の人間としての弱さに付け込み、弱さを露呈させるような行動を、いじめを、苛めを、虐めを繰り返す。卑劣で許されない、人間の尊厳を脅かす、あってはならない事だ。



 俺はトイレを見回った。女子トイレは恋瀬川と渡良瀬にお願いした。図書館も回った。隅から、隅まで。見えないところが対象になりやすい。そう思ったが、どこも綺麗そのものであった。見た限りだと、本当にいじめは見られなかった。



 だから、俺は仕方がなく、最悪のモノを閲覧することにした。



 スマートフォンで検索したのは学校裏サイト。掲示板形式のサイトに匿名で本名を名指しし、それこそいじめのように誹謗中傷の言葉を繰り返す。みんなが見ているけど、誰かはわからない。エスエヌエスの裏アカウントの集合体みたいなやつ。そしてそれは検索するとすぐに出てくるのが、余計にたちの悪いところだと思っていたのだが。



 〈 削除されました 〉



 サイトは消えていた。どうやらインターネットパトロールに引っ掛かって消されたらしい。新しいやつが何処かに復活していないかと調べ直したが、全く出てこなかった。いじめの温床は、どこにもないのだ。



 表にも、裏にもない。



 俺は眉間にしわを寄せた。



 広いインターネットの世界だ。アプリやサイトを変えて、媒体を変えて行われているところでは行われているのだろうが。しかし、目に見えない範囲でも目に見える範囲でもそれは見えなかった。いじめは見られなかった。分からなかった。そうなると、どういう事だ。いじめが確認できたから、だからあんな陳述書なんてものを書いたんじゃなかったのか。訴えを起こしたのではなかったのか。いじめは起きていなかったのか。分からない。もしも、当事者間でのみ分かる形で行われているのだとしたら、それがからかいの一つや二つのような、そのからかいのそれが嫌で、大げさにしていじめとして告発したのか。少なくとも、第三者が手を尽くして痕跡を見つけられる程度のいじめではないことが……少なくとも分かった。



 いや、待てよ。いじめではない? いじめではない・・・・・・・? だと。



 もしかしたら、いや、もしかしなくても。


 

 犯人は最初から言っていたのではないか。



 最初から居たのではないか。



 それは考えられる限りの最善の答えであり、最悪の結論であった。





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