第57話 状況が産んだ副産物

「おはよう、ふたみん」


「ああ、おはよう渡良瀬」


「おはよう、九郎九坂くん」


「ああ、おはよう恋瀬川」

  


 週明けの月曜日。俺は読書をしながら、贈答されたブックカバーをつけて読書しながらそう答えた。

 


 オーケイ。超クール。何も問題なし。超真面目。



 俺と恋瀬川と渡良瀬がお化け屋敷で怖がったり、くっついたり、たたきあったり、引っ張ったり、そんなデートみたいなことはやったかもしれないけど、大したことはなかった。何もなかった。その後の人間関係に関わることはなにもない。なんにもない。良い香りがしたり、柔らかかったり、女の子だったりしたのは、不覚にも、ドキドキしたかもしれないが、しかしそれは状況が産んだ副産物であって、やむにやまれずと言うやつなのだ。俺は今日もひとりぼっちだし、孤独を保っている。大丈夫だ。問題ない。



 その日は数学の時間に当てられて、見事に無事間違えたし、給食の時間は渡良瀬の聞いたことのあるアイドルの音楽が校内放送で流れたことが話題になっていたし、放課後は図書委員の仕事をしていた。例大祭の話は出なかった。出さなかったのかもしれないが、結局は出なかった。



〉今日、生徒会長室来られる?



 渡良瀬からだった。



〉今からか?


〉そう、今から。


〉恋瀬川が呼んでいるのか? 


〉そう。そういうことよ



 恋瀬川がメッセージに入ってきた。ふぅ。なら、仕方がないか。



〉わかったよ。切りいいとこで図書委員の仕事をあげて、そっちに行く




 俺はちょうどいいくらいのところで作業を辞めて、図書委員長に今日は予定があるから帰りますと告げた。



 それから俺は自販機に寄り、ガラナを買って、それから何かを買おうとして辞めた。自分のだけ買って、それで向かいの生徒会長室にノックをした。



「はーい」



 渡良瀬が出た。その相手が俺であることを知ると、顔を綻ばせて中へ招き入れた。



「九郎九坂くん」


「よお、恋瀬川。なんだ、今日は。なんの書類整理だ?」


「いえ、今日は違うの。これを見て」



 恋瀬川が自分の椅子から動いて、歩み寄って書類の束を俺に渡した。



「……学校祭か」


「ええ、そうよ」



 神宮の祭りと言い、学校の祭りと言い、なんだかんだ祭りばっかりだな、ほんとに。お祭り民族なのか、日本人は。年中何か理由をつけて祭りをしているんじゃないだろうか。まあ、八百万、やおよろずの神の国だからな。祭る神、祀って奉る神も多いんだろうな。そう考えると多くて仕方ないし、毎月のように祭りをしても仕方ないのかなと思ってしまった。



「なんだ、今年も恋瀬川はバンドをやるのか?」


「いえ、今のところその予定は無いけど」


「そうなのか」


「……残念そうね」


「まあ、別に良いんだけど」


「お祭りって言えばさ」



 その時、渡良瀬が口にした。



「神宮のお祭り、楽しかったね」


「そうね」



 と、恋瀬川。



「そうだな」



 と、俺。それぞれに返す。恋瀬川も同じかどうかは分からないが、少なくとも俺の脳裏にはお化け屋敷の一幕がぎる。



「お化け屋敷、楽しかった。あれさ、意外とふたみんが頼りになって、ちょっと驚いたり怖かったりしたけど、楽しかったよ」


「意外ってなんだよ、意外って。俺は人間が驚かせるお化け屋敷なんて全然怖くないんだよ。所詮人間の考えることだ、底が知れている」


「そっか、やっぱり頼りになる」



 無条件に褒められる。それは、どこかこそばゆい。俺は褒められることに慣れていない。だから、褒められる事に弱い。



「わたし、そんなふたみんのこと好きだよ」



 それは唐突であった。いや、彼女なりに伏線を敷いて話していたのかもしれないが、俺には唐突に聞こえた。すると、恋瀬川も続いた。



「あら、私も九郎九坂くんのこと気に入っているのよ」



 なんだなんだ、俺は騙されているのか。試されているのか。ふたりは少し恥ずかしそうにしている。恥ずかしいなら言わなければいいのに。いや、そうか。からかっているんだな。俺をからかっているんだ。反応を見て楽しんでいるんだ。そうだ、その辺にカメラでも仕掛けて、そうやって、たぶらかしているんだ。そうだろ、そうに違いない。



「えへへ」



 そうだと言ってくれ。ドッキリだと、バラしてくれ。そうじゃないと、そうでないと、それはまるで、それは本心のようじゃないか。



「好きとか、気に入っているとか、冗談じゃないのか。なんだよ、やめてくれ、恥ずかしい」



 ほんと、恥ずかしいじゃないか。



 これも、状況が産んだ副産物なのだろうか。



 俺はそんな事を思って、騙されたフリでもしておこうと、そうでもしないとやってられないと、そう思った。




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