第56話 神宮例大祭
祭り当日。
俺は中の島公園駅前にいた。この神宮例大祭は、神宮境内と表参道、さらにはこの池のある中の島公園を中心として行われる。出店とか、お化け屋敷とか、そういうのが多いのは中の島公園の方だろう。色々と回りたいなら、こっちで正解かもしれない。しかし、人は多いがな。いや、本当にびっくりするぐらい人がいる。俺はその人混みに流されないように、電信柱により掛かりながら二人を待っていた。
俺はこんな時に考える。ひとりぼっちであることを。孤独であることを。人が多いと多いほど、その集団の中でも孤独になれる逸材であると、ひとりぼっちはそういう存在であると考える。ひとりぼっちは思考を施行し、試行していくことに長けた存在だ。考える。よく考える。自分とはなにか。孤独とは何かを考える。孤独とはひとりぼっちのことである。これは俺の考えの一つの結論だ。ひとりぼっちとは自分のことである。つまり、自分自身はひとりぼっちであり、孤独なのである。そう、再認識した。孤独こそ孤高、集団であっても、複数人であっても、自分は自分。忘れることなかれ。自分自身であれ。戒めろ。俺は所詮、変わらないのだという事を。
「おまたせー、ふたみん、待った?」
渡良瀬が来た。その後ろから恋瀬川も来た。今日も随分とまた歩きにくそうな格好だ。それもカジュアル着物と言うやつなのか。分からないけど。いや、浴衣か。そうか、浴衣か。浴衣は着物の一種だからな、一瞬分からなかったぜ。
「いや、いま来たとこ」
「そっか……じゃあ、ええと」
「行こうぜ。好きなとこ回っていいぞ。俺は特に見たいもの無いからな」
「あ、うん」
「なんだ、どうした」
「ええと、」
「なんだ、よくわからんやつだな。浴衣でも褒めてほしいのか。そうだなーー」
逡巡して一言。
「良いんじゃないか、
艶やかとは、華やかに美しく、なまめかしい様のことである。なまめかしい、艶めかしいとは、優美であるとか、上品であるとか、そういう意味だ。ちなみに、俺の今日の服装はジーパンにパーカーである。
さて、それじゃあ、仕方ないから行くか。
出店巡りである。
お面やら、綿あめやら、焼きそばやら、どこに繋がっているかわからない紐のくじ引きやら、ドーム状の中を空気でくるくる回っているくじ引きやら、景品だけがやたらと豪華なくじ引きやら……って、くじ引きばかりじゃねえか。なんだよ見飽きたよ。
「あ、あれ買うー」
渡良瀬が駆けていったのはりんご飴だった。女子好きだよな、それ。その割にりんごがでかくて食べづらいんだよな、それ。
「大きいからいいんじゃん。ね、りうりー」
「いえ、私は小さい方が……」
大きいのを小さいひとくちで食べている私、可愛いってことなのだろうか。そんなに可愛くないからやめとけやめとけ。恋瀬川の言う通り、ミニサイズを買っておけ。
そうして、恋瀬川はミニサイズ、渡良瀬は通常サイズのりんご飴を買った。その辺にベンチがあったから、ふたりはそこで座って食べていた。俺は座るところがないから、二人のそばに立っていた。
中学生のお小遣いだと、一品、または二品程度買ったらおしまいである。お金はいつも無い。これが学生である。親の威厳を……違った財布を借りて街に繰り出しているならまだしも、っていうかそんな奴まともなやつであるはずがなく。やはり、学生は限られた資金の中でやりくりするのが常なのだ。
「あーっ、お兄ちゃんだー。本当に女の子といる!」
何やら叫んでいるのが居るな、騒がしいなどこの子供だと思っていたらそれは俺の
「茜か。どうした、迷子になったか」
「違うし、友だちといるし。ほら」
友達の女の子一行が他人行儀に一礼した。みんないい子ね。
「それより、お兄ちゃんダブルデートじゃん」
「は?」
「ほら、二人いるから」
「……おまえ、ダブルデートの意味間違えてるぞ」
「じゃあね、お兄ちゃん。茜、もう少し友達といるから」
「ああ、夕飯までには帰れよ」
茜が去った。
「今の、妹ちゃん?」
渡良瀬が聞いてきた。
「ああ、そうだよ。騒がしくてすまんな」
「デートがなんとかって言ってなかった?」
「
「ふーん」
「ねえ、妹さん、」
恋瀬川が話し始めた。
「失礼を承知で聞くけど、妹さんとあなたは、本当の兄弟じゃないのかしら」
それは、そんなに似ていなかっただろうか。俺と茜は。そういえば、俺の母親が再婚相手であることを、俺はこの二人に話したことがあった。だから、ふと、そう思ったのかもしれない。そう思った。
「ああ、まあ、そうだよ。父さんの再婚相手の、その母親の連れ子だ。実の妹ではないが、でも実の妹以上に妹してるぞあいつは」
「そうなのね」
「ああ、そうだよ」
良い、
「ふーん、ふたみん妹ちゃんのこと好きなんだ」
「? ああ、もちろん好きだけど、それがなにか」
「えっ、それはそういう……兄妹の愛みたいな……」
「ちげえよ。何考えてんだ。確かに血は繋がっていないけど、そこには家族愛以外に存在しねえよ。手なんか出すかよ、あんなのに」
「ふーん」
なんだよ、その目は。それはまるで俺がいかがわしいことをしているかのようじゃないか。そんなことはないぞ、いやほんとに。やめて。そっちルート開拓させようとしないで。どのルートも嫌だけど。
「じゃあさ、もう少し私達の
むしゃむしゃとりんご飴を食べ終えると、渡良瀬は、俺の手を引っ張った。それは少し温かい温度がしたし、ほのかに女の子の香りもした。優しい匂いだ。
「デ、デート……」
恋瀬川は一人顔をわずかに、ほんの僅かに赤らめていた。すると彼女もむしゃむしゃとりんご飴を食べ、そして俺の腕を取った。……え? 恋瀬川さん?
恋瀬川は女の子だった。可愛い女の子の匂いがしたし、柔らかい温もりがあったし、不覚にもすごくドキドキしてしまった。俺は恋瀬川の方をまったく見ることができず、あさっての方ばかり見ていた。
「渡良瀬さんが行こうとしてるの、たぶんあれだから……」
彼女は腕を取った理由を、そう述べた。
それは、その目の前に広がっていたのは、お化け屋敷であった。
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