夏祭りデート編
第54話 渡良瀬母親
「あなたがふたみんくんねー、彩芽から噂はいっぱい聞いてますのよ。今準備しますからね、ちょっと待っててねー」
明るい性格の渡良瀬母親だった。彼女はとても若く見えた。実際渡良瀬のお姉さんかと間違うほど若く見えた。若作りとかではなく、若いのだ。雰囲気というか、その人柄というか。
俺は渡良瀬の家に来ていた。
さて、俺がどうして渡良瀬の家にお邪魔しており、渡良瀬の母親の手作りケーキを食べることになったかと言うと、それは六月の頭、初旬のことであった。
「今度の土日、遊びに来ない?」
渡良瀬からの提案であった。その場に居たのはいつもの通り、俺と渡良瀬と恋瀬川であった。俺は恋瀬川を誘ったのだと思った。彼女とは小学生の頃からの仲だと聞いているし、休日くらい女の子同士で家に遊びに行くなど、普通のことのように思えたからだ。
だから俺は、書類整理に精をだして返事をしなかった。まさか自分のことだとは、夢にも思わなかったからである。
「お母さんがね、ケーキを焼くんだって。ケーキって言ってもシフォンケーキみたいなやつ。お父さんは自分の趣味で出掛けているから、お母さんと私の二人で食べても、食べきれないかもしれないからって。どうかな?」
「ええ、構わないわ」
「ほんと! ありがとう。ふたみんは?」
「……は? 俺?」
「そう、ふたみん」
「え、いや、え? それ、俺も誘われていたのか?」
「うん。だから、そう言ってるじゃん」
「俺、男だけど」
「え、逆になんで? 友達じゃん」
俺たち友達……ではないよな。友人と呼べるほど親しいかというと、そうではないよな。いつかのチョコレートの日に知り合いという関係であることは確認したが、友達ではないのでは……?
「友達かどうかは、さておき。まあ、お呼ばれってことなら断るのも失礼だからな」
「ふたみん、いくの? いかないの?」
「いきます。お願いします」
というわけで、俺は恋瀬川と渡良瀬の家に遊びに来ていたのであった。誰かともだ……知り合いの家に行くとか初めてのことで、しかもそれが女の子の家だなんて尚更初めてのことである。相手が渡良瀬とはいえ、女の子の家だもの。で、おかあさまが美人で若いのだ。緊張するよ、そりゃ。
「もう少しで焼けると思うから、だからお話聞かせて? ふたみんくん」
「……恋瀬川は、よく来るのか。渡良瀬の家に」
「ええ、友達だから」
それはまるで、俺は友達じゃないみたいな言い方ですね。まあ、友達じゃないんだけど。
「ふたみんくん、彩芽とはお話するの?」
「ええと……まあ、そうですね。同じクラスですから、少しはするんじゃないですかね」
「そうなの」
「ああ、ええと、……そうだ。この間と言っても二ヶ月も前の四月の事ですが、渡良瀬……彩芽さんからサイン入りユニフォームを貰いましたよ。ありがとうございました」
「プレゼント?」
「うん。ふたみん、四月四日が誕生日だったから、そのお祝いで。ほら、お父さんからもらったやつだったんだけど、私あまり興味ないし。ふたみん野球好きだし」
「ふたみんくん、野球が好きなんですか?」
「え、ええ。まあ、少しは……」
「あら、この間、球技大会の決勝戦で最後の回に投げて、大垣先生を二年連続の優勝に導いた守護神のピッチャーが何を謙遜しているのかしら」
やめて! やめてくれ。全てを説明するかのごとくセリフに詰め込むな。
「はい、野球が好きです……。あと、読書が趣味です」
俺は何を自己紹介しているのだ。
「どんな本を読まれるんですか?」
「ええと、江戸川乱歩とか、川端康成とかですかね」
「古いのを読まれるんですね」
「最近のも適当に読みますよ。ミステリーも、ファンタジーも。純文学からライトノベルまで。恋愛系は苦手ですかね、あまり面白いと感じたことがない」
「あら、そうなの? 恋愛小説とかそれこそ、ラブコメ? というのかしら。漫画とか、そういうのも読まないんですか。恋愛漫画とか」
「そうですね……あまり無いですね。ラブコメとか、アニメや漫画とかで流行ってますけど、でも俺には刺さらないかな。なんていうか、道理がないんですよ」
「道理?」
「ラブコメなんて、男と女が理由もなく好きになっていたりするじゃないですか。登場人物だって言うだけで、好きになっている。それはおかしいんですよ。そこに理由がないんですよ。性格がいいとか、仕草が良いとか、なにか理由があると思うんですよ。単純に見た目だけの面食いだってんなら、まあ、そういう人もいるんでしょうが、それなら可愛ければ誰でも良い、イケメンなら誰でも良いってことになる。その人である理由がない。エピソードじみた理由というか、根拠というか、そういう道理がないと俺は納得できないんですよね」
……って、何を長々と話しているんだ俺は。俺の恋愛観など、誰が興味あるんだーっ。
「そっか、頭いいのね。ふたみんくんは」
気がつくと渡良瀬も、恋瀬川も何やら真剣に考えていた。いや、そんな考え込むようなことではないですよ。適当な世間話よ、世間話。世間ではこんな事を話しているんじゃないでしゅか? 違うのか?
ピー、ピー、ピー。
「あら、焼けたみたい」
「あ、ママ。手伝うよ」
こうして渡良瀬親子はキッチンへと消えていった。世間話タイムから解放された俺は、焼かれたケーキがやってくるのを待っていたのであった。
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