第53話 クローザー・守護神

 ブルペンとは、野球の投手が投球練習をする投球練習場のことである。



 プロ野球では、それぞれの野球場に中継ぎとして交代するピッチャー、抑えとして登板するピッチャーがその登板前に肩を慣らすために投げる。ここ、中学の野球部では、グラウンドの隅に仕切りを作って、キャッチャーを座らせて投球練習を投手が行っている。グラウンドやダイヤモンドでは守備練習やバッティング練習が行われているため、投手は別の場所で練習する必要があるのだ。そして俺は、そんなブルペンにお邪魔して、ジャージで投球練習をしていた。ユニフォームとか無いからな。受けるキャッチャー相手は国崎。そして俺の隣で投球練習をしているのがもう一人。影山秀斗だ。俺の目的はここにあった。



 俺はストレートを投げていく。キャッチャーの構えるど真ん中に。徐々に慣らして、球速を上げていく。



 スパン!



 いい音が鳴り響いていた。



 スパン!



 その隣もいい音が鳴り響いていた。そして影山はボソリと言った。



「どうして、野球部ではないお前が投げている」



 疑問符もつかない、質問かどうかもわかりにくい、淡々としたそんな問いかけであった。俺はそれを待っていた。



「俺、野球部からの依頼を受けることにしたんだよ」


 

 スパン!



「依頼?」



 スパン!



「ああ。補欠として、中継ぎか抑えでいいから野球部の大会に出てくれって。意外とピッチャー不足らしいな! だから補欠なんだってよ」



 スパン!



「そうか」



 スパン!



「影山!」



 スパン!



「なんだ」



 スパン!



「球技大会、先発で投げろ。五回までお前が投げろ。六回と七回は抑えで俺が投げてやる。クローザーとして、守護神として投げてやる。だから投げろ。みんなお前に期待している。お前の投球に期待している。俺ではない。お前だ。野球部のエースピッチャーはお前だろ。お前しかできないことだろ、影山。だから、投げろ。いいか、あとこれは既に決めたことだ」



 ……スパン!



「決まったことなのか」


「そうだ」


「そうか。なら、仕方ないな」



 パシュ。俺はキャッチャーからボールの返球を受ける。キャッチボールのように返球が来る投球をしたのは、それこそ昨年の球技大会以来だ。



「なあ、影山。野球好きか」


「なんだ、急に」


「いいから」


「……好きだよ。楽しいからやってる」


「そっか。それは良かった」



 俺は合図をキャッチャーに送り、そしてそれが了承されると最後の一球を投げた。



 俺の目的は一方的に話すことであった。彼からのキャッチボール、つまり返事なんて必要なかった。会話なんてしない。言葉のキャッチボールなんてしない。こっちで勝手に決めて、それに従ってもらう。それだけ。キャッチボールじゃない。壁にめがけて投げ込む投球練習。他人に言われたことを言われた通りにやる。きっとそれが彼の処世術なのだろう。そういう生き方なのだろう。それを受けるか、拒絶するかの意志判断があるだけで、基本的には自分でやらない。自分からやらない。そういうスタンスなのだ。だからいつも孤独だし、ひとりぼっちだし。クラスでは孤立して見える。でも友達がいないわけじゃない。仲間がいないわけじゃない。なぜなら彼には野球がある。大好きな野球で繋がった人間関係がある。見てくれなんて、周りの評価なんて本当に気にしないやつなのだ。それはとても、すごいことなのだと、俺はこいつを通して思ったのであった。






 ※ ※ ※











 六回裏。三対二。ツーアウト満塁。一打逆転サヨナラの場面。球技大会決勝、三年一組の守り。



「タイム!」



 エース、影山が内野とキャッチャーを集める。ここ三試合、全試合フル登板。中継ぎへ交代することなく投げ切っていた。



「くろ……二海!」



 俺の名前が呼ばれた。俺は新品の超有名なメジャーにも行った、日本代表にもなった投手のグローブを持ってマウンドへ向かった。



「お前が俺の名前をでかでかと呼ぶとはな」


「仕方なかった、からな」


 

 影山がボールを俺に差し出しながら続ける。



「あとは任せてもいいか」


「満塁で交代かよ」


「それは、すまない」



 俺はボールを受け取る。



「ああ、あとは最強のクローザーに任せておけ」



 俺は影山とハイタッチして、そしてマウンドを引き継いだ。



 ボールを受け取り、内野を見回し、そして投球練習をする。



 やっぱりあれだよな。ピンチの時にでてくる守護神。そしてそれを抑える。これほどかっこいいピッチャーいないよな。先発でひとりきりで投げきるあいつには敵わないが、しかし。抑え投手って、信頼がないとできないからかっこいい。俺も、少しは信頼されているのだろうかなんて思いながら、キャッチャーのサインを確認して、思いっきりストレートを投げ込み始めた。

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