第50話 サプライズ

 その時であった。



 俺が誰もいない、寂しい……とか思った時であった。



 みんながいない……? どういうことだ、と焦った時であった。



 声が聞こえてきた。



「「「ハッピバースデートゥーユー!」」」



 なんだ、その歌は。何だその揃った歌は。ガ○ダムか? 水○の魔女なのか?




「「「ハッピバースデー…………」」」


「ふたみん!」


「二海くん!」


「……九郎九坂くん」



「「「ハッピバースデー、トゥーユー!!」」」




 そして差し出されるホールケーキと刺さった火の点いたロウソク。静かになる部屋。場内。これは、これは消すのか? 吹き消して消すというやつなのか? そうなのか?



 運んできた女の子は、それは髪型からして、少し明るいロウソクの明かりから見れる表情からして、ケーキを持っている彼女は筑和か。薄暗い明かりで見られるそのにこやかな表情は、しかしどこかドキリとさせるような、そんな気がした。ドキドキする。それは二人きりでいるような、二人きりで暗がりに居るような、そんな感じ。そんなドキドキ。



(ふーっ、と消してください。二海くんっ)



 内緒話。それすら、ドキドキする事であったが、しかし俺は平静を保ち、それらを紛らわすために、言われた通りに勢いよくロウソクの明かりを消した。それは二回ぐらい吹くことによって消えた。




「「「おめでとう!!!」」」



 消えて暗くなると同時に部屋は明るくなり、そしてクラッカーが複数鳴った。俺はその音にも少しだけ、ほんの少しだけビックリした。



 本当に、ビックリしたわ。




 以下、なんてことのない、もはや不要であると思われる事の顛末というか、説明である。



 先日、俺が生徒会長室から出ていくと同時に、スマートフォンを使用したリモート会議で行われたのは、恋瀬川凛雨と筑和明海の合同ボランティアの打ち合わせ会議兼、九郎九坂二海誕生日サプライズ会の打ち合わせであった。言い出しっぺは渡良瀬。それに乗ったのが恋瀬川。そして筑和に連絡。二海くん大好き筑和としては、断る理由なんて、そんなものはなかった。話はどんどん膨らみ、両生徒会役員全員を巻き込んで行き、そして作戦は決行された。



 ゴミの後始末を九郎九坂ひとりに任せることで、仕掛け人であるメンバー全員が会場である応接室に入り込むことに成功し、見事ひとりになった九郎九坂を、何も知らない彼をおびき出して、真っ暗な部屋に連れ込む。戸惑いの中、歌とケーキを差し出して、ロウソク消し。あとはクラッカーである。以上、終了。企画成功。



「おめでとうございます、二海くん」


「筑和……生徒会長……」


「おめでとう、ふたみん」


「渡良瀬……どうせお前だろ、言い出しっぺは」


「おおっ、鋭い。なんで分かったし」


「わかるよ……ありがとうな」


「……おめでとう、九郎九坂くん」



 恋瀬川。おまえは、おまえは……



「おまえは、この間も祝っていただろう?」


「この場に合わせたのよ、察しなさい」


「そうかよ」



 俺は笑って恋瀬川と話す。彼女も笑っている。これが冗談の言い合いであると、互いに分かって。



「あのっ、二海くん。実はこれを……」



 筑和だった。彼女は、手元にラッピングされた袋を一つ持っていた。それは、俺の見方が間違っていなければ、間違えでなければ、それは、プレゼントなんじゃないだろうか。そして誕生日を祝されているのは、今はこの俺。だから、そのプレゼントも、間違えでなければ……。



「俺に……か?」


「ええ、二海くんに。中身はブックカバーが色違いで五つセットで入っていますの。本がお好きだと聞きましたので、それで、よければ」


「……ああ、ありがとう。すごく嬉しいよ」



 筑和からのプレゼント。すごく嬉しい。他人から誕生日プレゼントもらうだなんて、初めてだ。



 そして、それから、俺はその光景を目にする。プレゼントを用意したのはひとりではなかったのだ。彼女もまた、ラッピングされた袋を用意していた。



「恋瀬川も……くれるのか?」


「ええ、一応用意したから」


「中、見てもいいか?」


「ええ、どうぞ」


「……こ、これは」



 グローブだった。超新品の。しかも、このモデルは。このデザインは。



「ダルビッシュのグローブじゃん! すげえ! どうしたんだよ、これ」


「あなた、野球が好きというか、得意じゃない。それに、地元球団も好きじゃない。だから、有名な選手のを選んでみたのだけど……わたし、あまり詳しくないから、あってるなら、それで」


「ああっ、ありがとうな恋瀬川。嬉しいよ」


「あ、あたしも、これ……どうぞ」


「わ、渡良瀬もくれるのか? ……なんだ、これは? ……ユニフォーム、か?」


「大谷? 選手のサイン入りユニフォーム。お父さんからもらったんだけど、あたしも野球そこまで好きじゃないというか、興味ないし。ふたみん詳しそうだから、あげる。貰い物だけど、これぐらいしか思いつかなくて」



 こ・く・ほ・う・だ・ぞ!



「大谷選手のサインって、これいつのだ。いつもらったやつだ? ええと、なるほど、日付がある。うわっ! ハム時代の全盛期じゃないか! しかもキャンプの時期のやつ! なんだこれは、国宝だ!」


「お、大げさな」


「いや、そんなことはない。国宝級の家宝だわ。大事にするな、ありがとうな。すごく嬉しい」



 ホールケーキに、ブックカバーに、グローブに、サイン入りユニフォーム。なんて、すごい日なんだ。誕生日でもそんなもらったこと無いぞ。そんなことはなかったぞ。今まで、こんなことはなかった。無かった……。初めてだ……。



「二海くん? 泣いていますの?」


「……いや、これは、その、嬉しくてな。俺、誰かから誕生日祝ってもらったこととか、プレゼント貰ったりとか、家族以外にしてもらったことなかったからさ。その家族も、今の妹と母親以外は無かったから。そういうものだと思って過ごしてきたから。なんか、すげえなって思って。こんなの初めてで、嬉しくてさ。こんな、ケーキまで用意してくれて。サプライズでクラッカー鳴らして。そんなん、泣いちまうよ。俺も、もっと他の人の誕生日祝ってやればよかったのかもしれない、誕生日って良い日だったんだな」



 それからみんなでケーキを分けて食べた。人に囲まれてケーキを食べた。賑やかであった。こっちの生徒会役員にも、向こうの生徒会役員にも、面白いやつがいて、話が盛り上がった。



 時は過ぎ、やがてお開きになる時に、最後に掃除をした。俺は主役だからやらなくていいと言われた。そんな見ているだけなど出来ないと言ったら、筑和が紅茶を入れてくれたので、仕方なく俺はそれを飲んだ。



「今まで誕生日会とか、されてこなかったんですの?」



 俺は紅茶をひとくち飲む。



 話してもいいか、と言う。



 彼女は「聞かせてください」と言った。



 これは恋瀬川と渡良瀬にしか話していないんだけど、と前置きして俺は言う。



「ああ、一度もない。生まれて、生きていて、一度もない。俺、友達とかいなかったからさ。小学生の低学年のときは母さん亡くなったり、不登校になったり、高学年も父さんが再婚したり、父さんが亡くなったりで、また不登校になったりで、友達いなくてさ、だからプレゼントなんて、貰ったことない。去年ももちろんない。その前も、ずっと前から。いや、一度だけあるか。父さんから。母さんが亡くなったときに、小学生低学年の時に。グローブもらったんだ。誕生日でもなんでもない日に。でもさ、俺友達いないからさ、キャッチボールする相手いなかったんだ。結局、父さんも忙しくて、一度もキャッチボールはしたことなかったけど。だから、ひとりで公園の壁にめがけてずっと投げていた。俺はさ、そんなこともあったから野球が好きになって。野球中継をテレビとかラジオとかで聞いたり見ていたりした。基本的には地元球団の中継が多いだろう? だから好きになった。でも野球やる相手なんていなかったからな。ひとりでずっと妄想しながら投げていたんだ」


「本も、ずっと前から好きなんですか?」


「ああ、読書はひとりでできるからな。友達はいらないから。自分自身と向き合うようで、孤独と向き合うようで、言葉を噛みしめるように読むのが好きだ。ブックカバーは使わせてもらうな。さっき見たけど、おしゃれでかっこいい。愛用品になると思うよ」


「愛用なんて……まあ……」


 

 紅茶を飲み終えた頃、恋瀬川たちがやってきた。



「掃除、終わったわよ」


「そうか。そうしたら、帰るか」


 

 紅茶のカップを片付けようとしたら、それはやるからと筑和にカップを取られた。何から何までやらせて悪い気しかしなかった。



 だから特別なのは今日までにして、明日からはまた自分一人でやっていこうと、そう思った。





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