球技大会・投手決め編

第51話 エース投手、影山秀斗

 今年も球技大会の季節がやってきた。



 ライラック(紫色の花)が咲き誇り、リラ(フランス語でライラックのこと)冷えなんて言われる、いわゆる寒の戻りのこの時期に、それはやってくる。



 去年までは何をそんなに必死に、何を一生懸命にやるんだろうと思っていた。授業が一日潰れるくらいだ、逆にラッキーくらいにしか思っていなかった。それが昨年はひょんなことからピッチャーをやることになり、クラスの代表として投手を務めた。色々失うことは多かったけど、しかし、野球は楽しいものだという感情を復活させてくれた思い出でもある。そういう意味では、二度と出たくはないが、意味がなかったわけではない。そんな思い出である。



 さて、今年も誰が投手をやるかで揉めて、決めあぐねているようである。今年は野球部が全部で八人いる。そして野球部の現状エースピッチャーが、このクラスにはいるのだった。昨年俺と決勝戦で投げ合いをし、フォークとカーブを武器に、ストレートを俺より早く投げる、らしい。去年の時点では俺のほうが早かったらしいが、俺は野球を毎日鍛えてやっているわけではない。いつもやっている彼のほうが速いんじゃないかと、俺はそう思っている。俺の方は、たまに休みの日に体を動かそうと、公園の壁にめがけて投げ続けているだけである。相変わらず球速だけは早いが、しかし、現役エースピッチャーには敵わない。俺よりもすごいピッチャーがいるんなら、それなら俺は投げなくてもいいよね? 良かった良かった。俺はそう思っていたのだが。




「え? 影山投げないの?」



 それは今年も同じクラスになった野球部のキャッチャー、一軍キャッチャーに昇進した国崎との会話であった。



 影山とは、そのエースピッチャーの事である。本名、影山秀斗。カゲヤマシュウト。パ○プロのスカウトみたいな名前だが……あれは影○秀路か。違った違った。



「ほら、あいつ無口じゃん? いつも一人っていうか、何考えてるかよくわかんないんだよね。問い詰めて聞いたら、そうしたら、夏の大会に集中したいから今回はパスだって」



 夏の大会。七月の三十日から八月に掛けて行われる中学軟式野球大会の地方大会。それが夏にある。公立としては珍しい、全国常連の我が校である。地方大会の優勝者のみが進める全国大会に向けて、すでに目線を向けて準備しているということなのだろう。



 しかし、昨年は六月頭、今年は五月末に行われる球技大会である。地方大会までは二ヶ月以上ある。前段階の準備試合にしても、ぜんぜん期間が空くくらいだ。登板間隔が三日以内とか、詰め詰めで投げると疲れて投球に支障が出てしまうだろうが、あまりにも投げていないと、それはそれで投球感覚が今度は忘れてしまいそうである。プロでも投げた初日から数えて中五日くらいは空けるものである。五人か六人で先発ローテーションを回す。それが常識だ。



 ちなみに、なぜ、四日以上登板間隔を空けるのかと言うとそれは人間の体の構造にある。人が物を投げる行為というのは、不合理なことであると言われている。体に負担が掛かり、肘を中心に毛細血管が切れたりする。この毛細血管が切れて回復するまでの日にちが、少なくとも四日は必要だと言われている。だからプロのピッチャーは五日休んでから、それからまた投げるのだ。



 しかし、中学だと先発ローテーションなんて言ってられないほど人がいない部活とかある。その部では、エースピッチャーがずっとひとりで何日も投げていたりする。土日連続の試合、ならば、二日連投とか。平日五日休んでも、負担は相当なものである。うちの学校の野球部は、聞くことによると四人で回すらしい。しかし、実際にはひとりで土日の試合を交代で投げている。それが影山だ。彼が疲れている時に、サブの控えピッチャー二、三人からひとりが投げる、または中継ぎとして交代して投げるというローテーションらしい。もはやローテーションですら無いけど。



 だからきっと余計な試合で投げたくないのだ。余計なところで体力を使い、本当の試合、部活の試合の方をおろそかにしたくない。きっとそういうことなのだろう。しかし、そうなると、当然。



「九郎九坂、投げてくれないか?」



 やはりなー。やっぱりなー。俺に来ると思ったよ。去年影山と投げ合った実績あるし、球の速さは野球部の中では有名。球が速い。それだけの理由があれば、球技大会の投手として頼まれるのは当然の理由であった。



「俺、去年から、あの時からあまり投げてないんだ。感覚とか、よく覚えてないかも。野球部たくさんいるんだろう? 二軍でも、三軍でもいいから、少し肩いいヤツが投げればいいんじゃない?」


「いや、クラスの意思としては、クラスの野球部の意思としては、影山か九郎九坂が投げる。これしか考えてない」


「まじかよ……」


「お前ら二人はそうでも無いみたいだけど、実際みんな球技大会本気なんだよ。今年はエースが二人もいる一組打倒! って他のクラス、他学年が気合入ってるんだから」


「えっ、俺もエースピッチャーなの?」


「何言ってるんだ、あれだけの球を投げてたら当たり前だろ。たとえブランクあったとしても、簡単には打てないよ、九郎九坂の球」



 そうかなぁ……。そうなのかなぁ。



 俺自身、褒められることに慣れていないせいか、褒められると弱い。だがしかし、苦労はしたくない。他に投げられる人間がいるなら、そいつが投げるに越したことは無い。昨年はクラスに他に野球部がいなくて、投げられるやつがいなかったから仕方なく投げたのだ。



「俺、影山説得してみるよ。それで駄目なら、仕方ない。投げるよ」



 俺は自分が投げることが無いようにするため、説得を試みることにしたのであった。

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