第48話 ゴミ拾い

「ボランティア?」


 それは恋瀬川に呼ばれ、生徒会長室に来たときであった。



「十四日の土曜日。学校は土日休みだから、それでも大丈夫ならお願いしたいわ。今回は北青学園の周りを、彼女たちと合同でやることになっているの」



 北青学園女子校。あれはクリスマスのイベントだったか。その時に一緒にやった時以来ということになる。



「まあ、別にいいよ。土曜日は特に予定ないし、たぶん暇だから」


「そう。ありがとう。今回の場合、人手はいくらあっても足りないの。助かるわ」


「私もいくよー、りうりーにお願いされたからね」



 渡良瀬も行くのか。



「俺たちの他には誰が行くんだ」


「生徒会役員が全員行くわ。新二年生になって初めての生徒会活動となるわ」


「具体的には」


「副会長と、書記が二名と、会計が二名。私と渡良瀬さんと、あなたで合計八名」


「生徒会って、人数意外と少ないんだな」


「ええ、今年度は前回より三人ほど人数が少ないの。今どき流行らないのよ、生徒会なんて。そもそもの立候補者がいなかったの。私含めて全員が信任投票。一月にやったじゃない? 忘れた?」


「いや、まあ、そうだな。あの時は恋瀬川が会長になるかどうかってことのほうが大事で、他のことはよく覚えてないや。たぶん全員信任に投票したと思うけど」



 そこで渡良瀬が思い出したように質問をした。



「りうりーは去年清掃活動、ボランティアやったの?」


「ええ。生徒会としては年に二回。春と秋の二回行ったわ。春は雪解けでゴミが出てくる季節。秋は落ち葉とかでゴミが増える季節。だから二回」



 ふーん、なるほどね。だったら、それこそ、内申点でも餌にして、人数集めてやればいいのに。



「これまでは、うちの学校単独での時はそうやって人を集めて清掃活動をしてきたの。でも今回は他校と合同だから。あなたたち含めると、人数はそれなりにいるのよ」



 こちらが八名。向こうが十名。予定だと十八名で行うらしい。つまり、参加人数は十分なのだ。これ以上集める必要はなし、と。



「今日はもういいか? 図書委員の仕事放って・・・来ているんだよ。戻らないと」


「ええ、大丈夫よ。私達はもう少し打ち合わせをしていくけど……」



 そこまで言いかけて渡良瀬に肘で恋瀬川がそれ以上言うのを止められる。なんだ? 二人で秘密の相談か?


「じゃあな、また明日」


  

 俺は二人にそう言って部屋を出た。あいつらとは同じクラスだから、嫌でも明日には顔を合わせることになる。だからまた明日。不可思議な、実に奇妙な関係になったものだ。








 ※ ※ ※ 





 



 俺は三年生になっても図書委員をしていた。野球部の連中からは、三年生からでも一夏目指せると入部を勧めてきたが、しかし俺は体育系とか勘弁して欲しかったから断った。休みの日に、公園の壁に向かって一人で投げているぐらいがちょうどいい。妹もキャッチボールできないし、母親も出来ないから、ひとりでやることになる。友達なんて、それこそいないからな。知り合いは増えたけど。



 俺は本の背表紙を見て、そして一冊、一冊と本棚に挿していく。図書準備室でひとり、積み上がっている本を手に取り、そして本棚に挿していく。この動作は心地いい。何か、心まで整理される様である。この時間が俺は好きだ。嫌いじゃない。



 だから俺は考え事をしながらこの作業をする。



 今は特に相談事をされていたり、問題ごとに関わっている訳ではないので、そういう考え事ではない。ゴミ拾い、清掃活動のことでも考えるか。相手は北青学園女子校。あの生徒会長はまだ続けているのだろうか。それとも既に世代交代してしまっているだろうか。誰か知り合いがいれば良いのだが、そう思った。まあ、そうでなくとも新しい出会いというのも良いだろう。そんなことも思った。実に俺らしくない。新たな人間関係など、そんな事を望むなど俺らしくない。しかし、だけれども、それだけれども、あのお嬢様達、女の子たちが魅力的に映っているは事実であった。自分自身を否定しても、拒絶し尽くしても、それでも、どこか惹かれるような魅力があるのは、否定できなかった。俺自身が可愛い女の子と戯れたいというか、交流したいとかそんな事を考えてしまっているのか。事実そうなのかもしれない。恋瀬川の口から北青学園の名前が出てきた時、少し嬉しい気持ちがあったのも、それもまた否定できない事実だった。



 何を浮かれたことを、と思う。



 向こうに知り合いが残っていたとして、その時に向こう側の俺に対する印象は最悪だろう。やれ責任だ、やれ失敗だと、恥ずかしいことをべらべらと、説教臭いことをやたらめったらと、のべつ幕なしに一方的に話し続けた男である。他校の、誰ともしれない男子の。つまり、俺としては相手は可愛い女の子かもしれないが、相手にとっては俺なんて気持ち悪い男の子でしかないことを、ゆめゆめ忘れてはいけない。



 そこまで自省して、ようやく俺は自分自身を取り戻した。



 他人と同じように生きては来なかった。他人と同じ生き方をしてこなかった俺は、他人と同じ感情を持ち合わせてはいない。友達とか恋人とか、そういうのはわからない。たぶんそれに近い関係ができたとしても、ずっとわからないままだろう。俺にはわからないことなのだ。出来ればいいな、できたら良いな、そんな人並みの事を思うことは当然あるが、それが高望みであることもまた、同時に俺は知っているのだった。

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