第45話 最後の話をしよう

 〈 指パッチン 〉



 最後の、話をしよう。


 

 区切りとなる話をしよう。



 境目となる話をしよう。



 深中負穏だ。久しいな。そうだな、わたしにとっては実に昨日のことのようにおもえるが、実は二十五話ぶりの登場かもしれない。中々出番がなかったからな。仕方がないさ。


 

 さて、主はバレンタインデーにチョコレートを貰ったようだ。女の子から。ここ一年間、ほぼ一年間、具体的には九ヶ月。時間をともにしてきた、関係を共にしてきたふたりから。友人ではなく、ましてや恋人でも恋人候補でもなく、知り合いであると言ってくれたふたり。



 人間関係の無かった、名前のなかった関係から知り合いという関係へ変わった、確かになった区切り。人間関係の境目。しかし、それは最後ではない。寧ろ、これから始まる、始まっていく、始まったばかりであると言える関係。



 では終わりとは、最後の話とはなにか。何が最後なのか。それは闇の終わり。孤独の終わりではない、ひとりぼっちの終わりでない。闇の終わりだ。彼はこれからも孤独であるだろうし、ひとりぼっちであるだろうよ。しかし、闇は終わった。彼の好きなロックバンドで言えば、たとえばスピッツで言えば、恋のはじまり、闇の終わり、ってことなんだろうけど、まだ彼の恋は始まっていないから、とりあえずは闇の終わりだけ。



 闇。闇とはなにか。ファイナルなファンタジーでは、闇の中から光を見つける、希望を見つけるために冒険をするわけだが、果たしてこの場合の闇と一致するのか。同じ闇なのか。眼の前の暗闇、人生の闇、暗黒、漆黒、闇に近い言葉は数あれど、最も近いのは人生の闇だろうか。彼は人間関係が、他人との接点が、人間との接点が希薄であった。あまりなかった。幼い頃から家族を亡くしたり、再婚したりで、家族すら関係が変わるほどであった。面倒を見てくれた親戚も、今では遠い親戚である。そんな生活だから、友達はいない。友人はいない。ましてや、恋人なんて。そんな感情を知らないままに、わからないままに、今日まで来た。友達とか、知らないから、どういう関係か、感情を持って接するのかわからないから、友達とはなにか、知らないから。



 でも、闇は終わった。そう、闇の最後。最後の話。



 闇は完全に晴れてはいない。なぜなら友達はまだできていないからだ。でも、知り合いは増えた。少なくともふたりはいる。自分のことを認めてくれている。認識してくれている。知ってくれている。それだけで、それだけのことで、彼の闇は終わり、闇は最後となり、まだ完全には晴れない闇の中から見つけた光を元に、新しく踏み出す。最後の話が終わったのなら、今度はまた新しい話をしよう。いくらでも、話をしよう。次の話を終わらせるために。始めるのだ、新しく。




 そういえば、区切りといえば、もうすぐ年度が変わるな。三月を境目に、四月から新しくなる。年度とは、正しくは会計年度で、国および地方公共団体の歳入、歳出の区切りとされる期間のことらしい。つまり事務だ。事務都合、というわけだ。実に事務的である。中学二年生から三年生に変わるのも、実は事務的ということになる。事務的に区切られているのであって、境目をつけられてのであって、実は二年生と三年生に大した差はないのかもしれない。高校生、大学生と進学するつもりの者の場合、残り七年以上は学生であるのだ。学生の一年と考えれば、なんてことのない進級である。



 しかし、主は違う。進学はせず、中学卒業と同時に社会に出るつもりらしい。それはきっと、大変なことだろう。仕事も選べないだろう。限られる。キツイことのほうが多いだろう。それでもきっとその道を選ぶ。誰に反対されようとも。誰との人間関係が無くなるとしても。だからこそ、この一年は大きな一年だ。最後の一年だ。学生生活、最後の一年。



 では、学生生活最後の一年を祈願して、一本で締めようと思う。



 いよっ、……パンッ!



 幸あれ、少年。



 また会おう。



 さらばだ。

 


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