二年生完結編

第44話 二月十四日

「俺三つももらったさー」


「俺五個ー、イエーイ」



 バレンタインデー。二月十四日。起源は諸説あるが、日本では、特に中学校では、女の子が適当な男の子にチョコレートを配る、または本当に好きな男子に渡すという行事になっている。



 いつもひとりぼっちで、今日もひとりぼっちである俺にとってのバレンタインデー、それは妹からチョコレートを貰える最高の日である。今朝、朝起きると妹から



「はい、バレンタインのチョコレート。義理だけどね。義妹だけに」 



 というパワーワードと共にチョコレートを貰った。その場で一口で食べて、うまいうまいと感想を言った。俺のバレンタインデー以上。終了。



 スマートフォンをいつもの籠に放り込んで、ストーブの近くの隅の席に座り、そして俺は机に伏せた。最近読書のしすぎで、寝不足気味なのだ。なんとなくに眠い。ホームルームまでこうしてよう。そう思った。



 ホームルームが過ぎ、授業が終わって、給食をひとりで食べて、授業をうつらうつらで過ごし、そして放課後になった。さて、図書委員の仕事でもしてこようかと思った、教室を出かけたその時であった。誰かに引っ張られた。



 渡良瀬だった。



「なんだよ」


「ふたみん、ちょっと時間ある?」


「まあ、少しなら」



 なんだろうと思い、そして口にした。



「恋瀬川か?」


「いや、違う。生徒会じゃなくて、その、荻野さん」



 荻野。はぁ、えっと、誰だっけ。



「荻野です。実は、これを香取くんに渡したくて」



 香取。ああ、そっか。宿泊研修の。手元には袋が一つ。おそらく中身はチョコレート。なるほど、ね。そこまで分かれば、俺だってそこまで鈍くない。わかる。もうわかりすぎて、敏感過ぎて、わかりすぎる。



「なに、俺が渡してくればいいの?」


「ふたみん!」


「わるいわるい、冗談だよ。香取を呼べばいいのか」



 俺がスマートフォンを取り出すと、荻野の代わりに渡良瀬が頷いた。



「でもな、きっと今日はそんなのばかりだとおもうぞ、あいつ。学年一のイケメンみたいなところあるからな。呼び出し何件受けてることやら。直接渡したほうが、良さそうに思えるけど」


「それは、ええと、ちょっと……」



 ふぅん。そんなものかね、バレンタインってのは。乙女心が、恋心がどんなものかは、それこそ俺にはわからないけどな。



「自転車置き場側の校舎裏。そこでいいか?」


「……はい!」



 俺は仕方無しに電話を掛けた。






 ※ ※ ※









 俺と渡良瀬は物陰に隠れて、荻野と香取の様子を見守った。香取は無事にやってきて、無事にモノは渡せたようだった。それはそれは。お膳立てしたかいがあった。よかったよかった。では退散。



 ……と思った時であった。



 リリリリ。俺のスマートフォンが鳴った。しまった、音消し忘れていた。時すでに遅し。俺と渡良瀬は物陰から出ていかざるをえなくなった。荻野は既にその場を去っていた。香取はスマートフォン片手に、俺を睨んでいた。



「やあ、香取。どうだった? 告白でもされたか?」


「九郎九坂。君は何がしたいんだ」


「い、いや、お前に渡したい物があるっていうからさ、まあ、良い思い出にはなったんじゃないか、はは」


「俺はお前に『相談がある』って言われたから来たんだ。あれは、嘘だったのか」


「まあ、その、なんていうか、つまりは、人間誰だって嘘つきで、嘘ばかりついているってことさ」


「誰の言葉だ」


「……大垣先生?」



 はぁ、と大きくわざとらしくため息をつかれた。



「まあ、また今度相談事があったら相談するよ」


「もう、聞かないからな」


「あら、意外と拗ねるタイプなんだな」


「誰のせいだ」


「なんだよ、せっかくのバレンタインデー楽しくないのか?」


「……百十二個」



 え?



「貰ったチョコレートとか、プレゼントの数さ。今年一日で。これでも少ない方。袋に入れて両手で持って帰る。そんな気持ちがわかるか?」



 それは、わからんな。俺は両手に抱えるほどのチョコレートを貰ったことは無いからな。



「なんなら、半分貰ってやろうか?」


「ほんとうか?」


「冗談。全部の愛を噛みしめるようにして食えよ」



 じゃあな。



 俺はそう言って今度こそ退散した。



 香取は俺のことを少し恨んだかもしれない。敵対したかもしれない。しかし、それはそれでいいことである。俺と友人になることは有り得ないのだから、少し敵対しているぐらいがちょうどいい。許さないぐらいがベストかもしれない。まあ、あいつの場合、他人を恨みもしないし、敵対もしないのだろうけど。だから面白いし、とてもつまらない。



「ふたみん!」



 校舎に戻ったところで渡良瀬に呼ばれた。もう一箇所付き合ってほしい、と彼女は言った。今度は何だよ。そう思ってついていった先は生徒会長室であった。



 コンコン。



「どうぞ」


「りうりー! きたよ!」


「……呼んではいないのだけど」



 えぇっ! と大袈裟に渡良瀬は頭を抱えた。恋瀬川はため息をふぅ、とついて書類を置いて「それで?」と渡良瀬へ聞いた。



「はい、これバレンタインデーのチョコレート。友チョコだよ!」



 ありがとう。と彼女は言った。そして、渡良瀬がその足で俺の方へやってきた。



「はい。ふたみんのチョコレート。これも友チョコ」


「……俺たち友達だったのか?」


「黙って受け取れし!」


 

 強引に渡された。何気に俺の家族以外からは初めてのチョコレートになる。去年はぼっち極めていたから貰えなかったし、小学生は不登校の時とかもあったから、友だちいなくて貰えなかったし。だから、まあ、どうでもいいが、初めてである。



 すると恋瀬川が立ち上がって、そして俺の方にやってきて言った。



「私からも、と、とも、ともちょ、友チョコよ。友達ではないけど、それでも受け取りなさい」



 小さな包みリボンの付いたチョコレート菓子だった。



 俺はそれを受け取った。


「ありがとうな」



 そしてお礼を言った。



「いや、その、ありがとうな。妹以外からもらったの初めてだわ。嬉しいよ、どうもな」



 恋瀬川と渡良瀬、ふたりは見合わせていた。



「俺、小学生の低学年のときは母さん亡くなったり、不登校になったり、高学年も父さんが再婚したり、父さんが亡くなったりで、また不登校になったりで、友達いなくてさ、だから貰ったことない。去年ももちろんない。だから、ふたりからが最初。ありがとうな」



 俺は普通に、お礼を言った。素直に言った。



 そして続けた。



「ありがとうな。ほんと、その、ありがとう。ええと、その、なんていうか、こういうのも変なんだけど、その、友達なんてさ、そんなのならなくていいからさ、友人なんて、俺にはやっぱり難しいけどよ、だけど、知り合いでは居てくれるか。俺のこと、知っていてくれるか」



 渡良瀬、と恋瀬川はまた少し戸惑った風であったが、しかし、渡良瀬が頷いた。



「うん! もちろんだよ。ふたみんのことは知ってる!」


「ええ。知っているわ、九郎九坂二海くん」




 俺はとても恥ずかしかったが、しかし、これで妹との約束も果たせたことになる。とてつもなく耳が赤い気がするけど、まあ、そんな日もあっても良いのかもしれないって、二人が笑うのに合わせて、不器用に笑った。





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