第41話 モラトリアム期間の反芻

 翌日、放課後。



 生徒会長に俺は立候補しない。できれば、恋瀬川に続投してもらいたい。これが俺の出した結論であった。



 そしてそのことを、伝えるために生徒会長室に俺と恋瀬川は居た。恋瀬川は玉座のようなところに腕を立てて、指を組んで座り、俺はソファに座って体を彼女へ向けていた。そして俺の意向を伝えた。



「あなたの一晩考えて出した答えが、そういうことなのね」


「ああ。そうだ」



 俺はペッボトルのガラナの栓を開けて、一口ぐいっと飲んだ。甘い炭酸が口の中に広がる。



「そう。半分は、あなたの候補断念はわかったわ。そのこと事態は残念だけど、私も無理強いするつもりはないから仕方ないわね。でも、続投の件は断るわ。言ったじゃない。ちょっと疲れたって」


「そうか、変えるつもりはないんだな」


「よっぽどのことがなければ」


「そうか、わかった」


「あなたも変えるつもりは無いの?」


「ああ、それはない。よっぽどのことがあっても、やらない。出来ないよ」


「そう」


「ああ」



 それだけ言うと、俺はガラナを半分ほどまで一気に飲んで、それから立ち上がった。



「じゃあ、帰るから」


「ええ、またね」


「またな」








 ※ ※ ※







 さて、どうするか。恋瀬川に続投してもらうためには、そのよっぽどのことを起こすには何をすればよいのか。シンキングタイムである。しかし、考えると言っても心の奥底まで潜る程ではない。あいつを呼び出すまでではない。



 もっと浅く、わかりやすい方法でいい。それでいいはずだ。十分だ。どうにかして理由付けを、彼女が仕方が無いと思わせる方法を。なにかあるはずだ、何か。考えろ。考えろ。広く、浅く。彼女のことを考えて、相手のことを考えて。



「ひとりでいることが悪いとは言っていない。だが、たまには誰かと協力して事に望みなさい。大人が言うんだ、間違いないよ九郎九坂」


「先生。俺はまだ子供ですか」


「少なくとも大人ではない、かな」



 大垣先生との会話を、いつだったか交わした言葉を思い出す。俺は反芻する。たまには誰かと協力して事に望む。ふむ、そうだな。そう言われていたのだったな。そしてそれが彼女との始まりでもあった。生徒会長と特別推薦代理補佐としての関係の始まり。大人ではないが、然してもう子供ではない。そんなモラトリアム期間な少年と少女との関係に、ふさわしい理由は何か。俺は思った。そんなこと、そんな理由など、やはり、それは関係の外にしかないではないかと。いつもそうだったじゃないか、と。俺たちの間にそもそも関係などない。周りで起きたことを理由にして、たまたま一緒にいただけだ。行動しただけだ。



 自分たちの周りの世界のため、ひいては自分の目の前で起きた世界のため。



 自分のために、自分の世界を守るために行動し、たまたま利害が一致したからたまたま共にいた。過ごしていた。それに過ぎない。それが今回、恋瀬川は俺に対して生徒会長になって欲しいと提案し、俺も恋瀬川に生徒会長になって欲しいと提案した。初めて、互いが互いに干渉したのだ。そうだ、その前提を履き違えてはいけない。もしもそれで戸惑うというのならば、初めてのことに困惑しているというのであれば、俺らしくはないが、非常に自分らしくないが、しかし、元に戻せばいいという単純な解決案がある。互いに互いへ踏み込むのがうまく行かないというのなら、やらなければいい。これまで通り、周りを理由にしよう。クラスのみんなとか、世間とか、世の中とか、全校生徒、そう、生徒会選挙だから全校生徒を巻き込めば、それを理由にすれば良いのだ。そうだ、そうしよう。



 俺はようやく結論を導き出せた。あとは行動あるのみである。




 

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