第40話 ひねくれぼっちにラブコメは有り得ない

「私の代わりに生徒会長を努めてほしいの」


 恋瀬川からの初めての個人的なお願い。俺にとっての初めての他人からの個人的なお願い。他人に頼まれごとをされることはこれまでもあった。大垣先生とか、生徒会長とか、クラスのメイトとかに。それでも、それはあくまでも他人だった。他人をどうこうしてほしいというお願いだった。でも今回は違う。俺自身に頼まれている。俺自身に受けてほしい、そうお願いされている。しかも生徒会長。大垣先生の話では、三年は総じて生徒会役員のメンバーから引退するのではなかったか。そう思ったが、三年生がやっても構わないと、そうも言っていた気がした。



 生徒会長、と、恋瀬川で思いついたのはバンドだった。学祭でエンディングに盛り上げたとびきりのサプライズ。あれはすごかった。エンディングに生徒会長の退屈な話かとだれもが思ったら、直後のギターとヴォーカル。あれには度肝を抜かれたし、正直最高の興奮であった。



 学校祭の前は球技大会、その後は、夏休みの炊事遠足に、宿泊研修。他校合同のクリスマスイベント。主な行事はそんなところだろうか。三年だと宿泊研修の代わりに修学旅行、となるのか。それは、生徒会関係あるのかな。わからん。内部の人間のようで、実はそうではなかったからな。



 さて、そこまで振り返って、俺はそんな生徒会長に俺はなれるだろうか。仮にも、たとえばで立候補したとして、それで俺は生徒会長としての務めを果たせるだろうか。恋瀬川のようになれるだろうか。



 いや、俺には、出来ない。



 そう思った。素直に思った。あれほど完璧を見せることも、作り上げることも俺にはできない。あれは彼女だからこそできたことだ。本当の彼女がか弱い少女でも、夢見る少女でも、そうじゃいられないとしても、恋する乙女だとしても、だ。それでも彼女は完璧を作ったし、作り上げたし、そしてそう振る舞った。少なくとも、端からはそう見えた。それは憧れに近かった。羨望であった。一人で揺るぎ無く、揺らぐことなく、拠り所を必要とせずに凛として立って歩く。それに俺は、惹かれたのは、間違いなかった。俺の生きていく、生き方の証明に重なるようだったからだ。俺もそんなふうに生きていたい。ひとりで、誰も必要としないで、群れることなく、ただひとりで生きていく。でも実際には色んな人に助けられて、生きていく。そうやって、立ち振る舞うことができたら。いつしか夢想していたのは否定しきれないだろう。そして、それは俺にはできない。俺では、力量不足だ。どうしたってそう感じてしまうし、それが事実だ。間違いなかった。



 役不足なのは、彼女のほうである。



 生徒会長という役しかなかったから、そこに座したまでで、実際には彼女はそれ以上の人間であった。テレビに出るとか、その程度では収まらない。エスエヌエスで特大インフルエンサーになるとか、そんなのでも足りない。もっと世界的に、世界を超えるような、そんな役が的確に思える。冗談ではなく。謙遜ではなく。真っ当に。



 俺はたぶん生徒会長が恋瀬川ではなかったら、大垣先生の命令でも生徒会長補佐として手伝いをすることはなかっただろう。そこに恋瀬川がいたから、生徒会長としての彼女がいたから、俺は生徒会に関わることをしたのだ。そうだ。だから、彼女がいなくなるのであれば、俺が生徒会に関わる理由はなくなる。ましてや、生徒会長になるだなんて、そんなことはありえない。俺にラブコメがありえないこと同様に。ひねくれぼっちにラブコメは有り得ない。これは、すべてのことに置いて、前提条件だ。



 答えは、決まったようなものである。

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