第38話 初売り
初詣を行った正月から二日後。
おせちの重団も中身をだいぶ食べ尽くして、減ってきた頃である。冬休みは残り二週間ぐらい。俺は相変わらず読書とかしながら、暖かい部屋でぬくぬくと過ごしていたわけだが、そんなところに妹がやってきた。
「初売りに行こう! お兄ちゃん!」
……は?
「何唖然としているの、初売りだよ、初売り。福袋とか買いに行くの」
……は?
妹が俺の反応にやれやれとやっていたが、しかし、俺の反応には二つの深い訳がある。まず、初売りとは元旦から三日に掛けてではないだろうか。そして今日はすでに三日。明日は四日。それは初売りなのか?
「なんでも、従業員が休めるように三日間は営業してなくて、四日から営業するんだって。デパートに入ってるお店なんだけどね。だから明日行くんだよ、お兄ちゃん」
ふーん。最近のご時世的に、お休みを十分に取りましょうということなのかしら。まあ、それならばそれはいいとして。もう一つの理由。それは俺が初売りで買いたい物が特にない、だ。そしてそんな俺が買い物につきあわされる、それはどういうことを意味するのか。もちろん、荷物持ちと列並びである。嫌だよ、なにそれ。正月から並びたくない、人混み嫌い、ついでに人間が嫌い。
「まあ、そんなこと言わずに、かわいい妹のためだと思って」
ぐぬぅぅ。それを出されると弱いんだよな。いや、でもな。とうするかな。どうしようかな。うーん、うーん。
そんなことを考えて一夜、翌日。
俺は初売りの列に並んでいた。しかもかなり前方。張本人の妹は別の列に並ぶと言ってくるくると消えた。ここは任せた! と言っていた。任されてしまった。やむを得ない。
「あれ、九郎九坂くんじゃない?」
それは聞き慣れない声であった。すぐ後ろ、俺の後ろに並んでいたその人物は……女の子だった。ショートヘアーの可愛らしい女の子。可愛くて、可愛らしくて、可愛いい女の子。だれだっけ?
「多々良だよ。多々良唯。ほら、夏休み一緒だったり、夜景で写真取ったり。ね、あけおめだね」
あー、あっ、あー、わかったよ。香取と同じクラスの。たしかテニス部。思い出した、思い出した。
「ああ、あけおめ。……すると、なんだ、多々良も福袋か?」
「うん、そうだね。それがお目当て。買えそうかな」
「さあ、どうだろうな。こういうの並ぶのは初めてだからよくわからないが、割と前の方だから買えるんじゃないか?」
「そうか、そうだといいね」
「ああ」
俺たちの会話はそこまでだった。そこまで仲が特段良い訳では無い。そうすると、会話はだいたいこの程度になるのだった。もっとも、俺の場合は親しい間柄の人間などいないから、会話はいつもこの程度になるのだった。
やがてオープンの時間となった。列は崩れ、一斉になだれ込む。俺は流れるように流れて福袋売り場へと行き、そしてなんとか残り少ない一つを手にした。いったい何が入っているのか、何が入っていれば得なのか、何も知らない、中身が本当にわからない袋を手にした。これで妹に叱られずに済む。
俺は店の外に出た。今日ばかりは、これ以上長居していると死ぬ。人間に殺される。圧迫死する。そう思ったので俺は会計をさっさと済ませてそそくさと出てきた。そこに多々良がいた。なにやら肩を落としているようである。
「よう、多々良」
「ああ、九郎九坂くん」
「なんだ、買えなかったのか?」
「う、うん。ヒトに押されちゃって。えへへ、こういうの得意じゃないんだよね、本当は」
「そうなのか」
「うん。でも、今年は頑張りたいなって思って。三年生になったら受験だし。頑張ろうって、思ったんだけどね」
駄目だった、あはは。と彼女は笑った。
人の良いやつだったり、イケメンとかだったらここで、今手にしている福袋を渡すんだろうけど、しかし俺はイケメンではない。性格もひねくれていて、いつもひとりぼっちの憐れむやつである。妹への戦利品は渡せない。だけど、情報くらいなら。
「デパートのは競争率高いから、それは毎年大変な戦争状態らしいんだけどさ、商店街の方行ってみろよ。そこでも福袋売っているらしいから。そこならまだ、今から行っても買えるかもしれない。保証はできないがな」
多々良は「本当!?」と嬉しそうに聞き返してきたので、俺は本当だ、まだ残っているかはわからないけど、と念を押して答えた。多々良はそれを聞くと俺の手をぶんぶんと両手で握って、振って、それから飛ぶように走っていった。福袋ならなんでもいいのかよ。そう、思った。まあ、その福袋の情報源は、ソースは我が妹なんだけどな。俺は人づてに聞いたことをそのまま口にしただけ。それだけである。
俺は戦利品を肩に担いで、その我が妹様のところへ馳参じようと反対側を向いてあるき出した。
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