第37話 初詣

 翌朝。午前十時。


 駅前で待っていると、駅は次から次へと人がやってきて大混雑であった。乗ってきたバスも大混雑であったし、やはり元旦の初詣は混むんですね。二年参りとか、その時よりは混んでいないのかもしれないが、しかしざっと見ても人混みしかなかった。例年通り三ヶ日最終日とかにすれば良かった、と少し後悔した。



「ふたみーん、ふたみーん」



 なにやら、なんとなくだが、とある女子だけが使用している俺の俗称を呼ぶ声が聞こえる気がした。俺の名前は二海である。



 待ち合わせ場所から動かないことしばし。



「ごめーん、ふたみん。少し遅れたね。待った?」


「いや、俺も今来たとこ」



 渡良瀬とその後ろに引っ張られるように恋瀬川がいた。



「あけおめー、ことよろー」



 俺は先手を打った。



 彼女たちは少しびっくりしたようであったが、しかしすぐに「あけおめ、ことよろ」と返事をした。ちなみに、いや、これは特段ちなまなくても良いのだが、『あけおめ』は『あけましておめでとうございます』の略、『ことよろ』は『今年もよろしくお願い致します』の略称である。略称とか、今どきの若者っぽいだろ。違うか? 違うのか。



 まあ、ことよろとか、今年もよろしくとか、今年になってもよろしくしないといけないのかって気はとてもするのだが、しかし、四月にクラス替えがあっても縁は残るかもしれないからな。縁が残り、人間関係が続くのであれば、それはよろしくしないといけないのだろう。通例的には。一般的には。縁が切れない限り。



「……」




 それより、そんなことより。この沈黙を生み出している、彼女たちの格好である。彼女たちは、ふたりとも、そう、着物であった。恋瀬川は青を基調とした色合いで、渡良瀬は赤、いや、淡い紅、ピンクのような色合いで。まあ、人混みの中にもそういう格好した人いたから、全然目立ったりしてはいないけど。それでも俺には目に毒だった。毒というと彼女たちに失礼かもしれないが、しかし、俺相手にそんな着付けられても、ねえ、別に、あの、あれだよねと思うのだ。



 そこまで考えて、いや、しかしと思う。



 この場合俺は関係ないではないか。



 そうだ、そうではないか、全然関係ない。俺と着物。それは無関係。俺だから着てきたのではなく、正月だから、着てきた。それだけ。それだけである。そう、そうに違い無い。ああ、なんて恥ずかしい。そんな自意識過剰な、ナルシスディズム過剰な考え。俺らしくない。何を意識しているんだ。意識させられているんだ。俺には全然関係ないことじゃないか。無関係だった。着物でもジャージでも、ジーンズでも関係ない。それは全然関係ない。そうじゃないか、恥ずかしい。



「行こうぜ。昼すぎるともっと混んでしまう」



 俺はそう言って、先に行く。



「あと、着物いいね。正月らしくて」



 そんな言葉が聞こえたか、聞こえないかの距離で、彼女たちはパタパタとやってきて、そして俺たちは表参道を歩き始めた。












 ※ ※ ※












 神宮はすごい人であった。すごいというのは、人の数がすごいという意味である。そしてそのすごい数の人たちが、みんなでみんなして同じ動作をしている。同じように拍手して、礼をして、お金を投げる。それはまるでゴミのように、ゴミをゴミ箱にシュートするかのように。野球の球種、カーブの放物線を描くように投げている。ご縁に掛けて、言葉にかけて投げられるのは五円玉が大半だが、百円も十円も宙を舞っていた。やはりお金をゴミか何かだと勘違いしてるんじゃないだろうか。



 俺も同じように五円玉を振りかぶって投げる。人混みのせいでお賽銭までの距離があったからな。仕方ない。



 二礼二拍手一礼して、きちっと俺と家族の平穏を祈った。何事もないことが一番。なにかあることが、一番良くない。そうだろう? そうだと思うんだがな。



「お参り終わった?」



 渡良瀬が聞いてくる。



「ええ。終わったわ」



 恋瀬川が返事をした。


 

「俺も。終わった」 


 

 俺も返事した。



「じゃあ、おみくじ引かない?」



 渡良瀬の提案に、俺と恋瀬川は頷いた。



 並んで、くじ売り場でくじをひとつ取る。



 …………。



 ……。




「吉、だ」



 俺の吉は、これは大吉の次にいい運勢である。なかなか良いのではないか、うん。



「あたしも吉、りうりーは?」


「……大吉」



 勝ち誇っていた。いや、勝ち負けとかじゃないと思うんどけどね、これ。



 俺と渡良瀬は『おみくじ結び所』に結んだ。この行為は願いを結びつける、叶うかもしれないってところだろうか。俺は願いなんて叶わなくていいから、平穏に暮らしたい。そう願った。



 おみくじの大吉は持って帰ってもいいみたいなローカルルールあるけど、そんなことは気にせず、恋瀬川は結局俺たちと似たようなところに結んだ。



 お守りとか破魔矢とか、そういうのは買うのかと聞くと、ふたりともいらないってことだった。破魔矢は母親が買うだろうから、俺もいらないと思った。



 俺たちは帰ることにした。



 途中、出店のような、屋台のようなモノが出ていて、渡良瀬が『ベビーカステラ』を食べたいと言ったので、買った。渡良瀬と恋瀬川が前で二人仲良く分け合って食べているのを見ていると、俺にもひとつ分けてくれた。そんなに欲しそうに見えたかね。



 神宮の公園を抜け、カステラも食べ終わった頃。俺たちは通りに出てきた。しかし、もうすぐ昼である。駅も近いこの辺りですませようかな、と思った俺は声を掛けた。



「なあ、俺は今日このあたりで昼飯を買うか食べるかして帰ろうと思っていたんだけど」


「あ、それ。いいじゃん、足も疲れたし」



 あー、足な。ふたりとも履き慣れていなさそうなブーツ履いてるものな。草履とか、雪駄は雪の降り積もり滑る雪国においてまあ、無理ではないかもしれないけどほぼ不可能。実務的ではない。そうすると、着物に対する合わせどころに悩んで、冬物のブーツにしたんだろうけど。なれない靴履くと疲れるよね。ブーツって足首がやや固定されるような感じになるらしいから尚更か。



 俺たちは近所のファミリーレストランに入った。テーブルに対して小さな『ござ』があって、靴を脱いで上がれるお店。足を伸ばしてもいい。どうだ、俺にしては気が利いているだろう?




 俺がお餅の入った温かいうどんを注文すると、ふたりもうどんを頼んだ。まあ、温かいもの欲しいよな。ずっと寒いところにいたし。



 注文が終わると、メニューも片付けられ、上着を脱いだ俺は普段着になる。しかし、着物はそうは行かないだろう。



「なんか、窮屈そうだな、それ」


「え? なにが?」



 渡良瀬がはてなと答える。



「ほら、着物だよ。なんか締め付けられてそうで、窮屈そうに見える。苦しくないのかなって」



 恋瀬川がそれに対してしたり顔で答えた。



「これ、カジュアルな着物、みたいなものなのよ。成人式とかに着ていく本格的な着付けみたいに締め付けてないの。素材も麻じゃなくて木綿。柄も京小紋というのよ、ほら、派手やかじゃない」


「あ、あぁ、まあ、そうだな」



 ふーん、まあ、そんなものなのかな。成人式でも着物なんて着ない、おそらくスーツとかになりそうな俺にはよくわからない話であった。だからお茶を飲みつつ、ついこんなことを言ってしまったのだと思う。



「まあ、なんていうか正月らしくていいよな、やっぱり。少し羨ましいくらいだ」



 そんな俺の言葉に、ふたりは見合せて笑うのだった。



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