冬休み編
第35話 初雪の新世紀
あの日心の奥底を静かに飲み込んでいれば、誰も傷つかずに済んだのかな。
俺はとある曲を聞きながらそんなことを考えた。それは学校が終わり、冬休みへと入る十二月二十五日の午後。終業式のあとであった。帰り道にスマートフォンに無線のイヤホンをリンクさせて、サブスクリプションの音楽サービスで邦ロックを聞いていた。今どきであろう? ついでにいうと、洋ロックも聞いていた。まあ、なんかそんな午後であった。
先程呟いたあの日というのは、十一月某日、クリスマスイベント会議、第三回のことである。俺は自分らしくない自分語りをし、自らを騙って、そして説教臭いような、そんなことをした。恋瀬川には演説だと言われた。演説。言い得て妙だな。まあ、失敗談としてはあまりに小さすぎる失敗だったけどな。
俺は他人なんかどうでもいいと思って生きてきた。親と妹以外、大切な人なんていないし作らないと思って生きてきた。俺にとっては当然のこと。そんなこと、再三の言い分である。本当に、そんなこと今更なのであるが、しかし自分に言い聞かせないと自分が最近わからなくなって来たようにも思えるから、繰り返す。それは、恋瀬川と出会ってからか、渡良瀬と話すようになったからか。それともいつの間にか己が変わってしまい、それを受け入れているのだろうか。
あの日傷ついたのは誰だったのだろうか。真意を問われ、真実を言われたお嬢様達だったろうか。自分自身を傷つけながら話す誰かを見て、親しい仲だと勘違いしている自称友達が、心が痛んでしまった。そういうことだろうか。それとも、そんな皆んなのことを救った気でいる、一番勘違いしていて甚だしい俺自身が、ひょっとしたら傷ついていたのかもしれない。自覚はないがな。
生活は続く。世界は続く。
歌は続いていた。何かあっても、何もなくても世界は続く。自分たちの生活は続くことで、自分たちの世界が続く。死んでも。生きていても。死ぬように生きていても。変わらない日々をひたすら消費しても、変わった毎日に心を踊らせても。さようなら世界、そして新しい世界。そして続く自分たちの世界。五分間の曲はそうやって終わる。
うっすらとした雪も降っている。初雪も先月には観測したし、季節は既に冬真っ只中。寒くて寒くて寒い通学路において、さすがに自転車通学はやめており、今は徒歩でイチテンゴ倍くらいの時間をかけて歩いている。だからこうして音楽を聞いたりできるのだが、そういえば登下校中に音楽を聞かながら歩くのは校則違反なんだっけ? まあ、登校中に見つかったらそれは大変だけど、今は下校中だ。あとは家に帰るだけ。寄り道をしているわけでもあるまいし、まあ、いいだろう。許容範囲内だ。
初雪といえば、雪虫。秋頃、雪の降るちょうど一ヶ月前くらいから飛び始める、おしりに綿のようなものをつけた小さな虫。北の大地に住んでいれば、毎年のようにそれは見るのだが、あれは自転車通学勢にとっては天敵である。集団でわらわらと群がっている雪虫と遭遇したならば、顔に張り付くのを避け、口に入るのを避けながら通らなければいけない。歩行中でも同じ。口に入るのを避けても、服にびしっとくっついたりする。あれ取るのうっとおしいんだわー。小さくて、すぐ死ぬし。なんか汚れみたいになって、ほんと鬱陶しい。雪が積もる頃になればその寒さで居なくなるが、しかし今度は雪との戦いが幕を開けることになる。雪は雪国にとっては天敵。翌年の三月下旬から四月まで戦う半年近い戦い。憂鬱である。
白い世界というのは、幻想的ばかりではないのだ。美しいだけではないのだ。美しさには、必ず裏がある。
彼女にもきっと、内側に秘めたものが、たぶんある。
そこで俺はなんで、あの女の子のことを、彼女のことを考えてしまったのだろうと思った。ここ最近関わり合いが多いからだろうか。それとも、函館の、宿泊研修の夜の一言がずっとちらついて気になっているからだろうか。俺の見ている彼女など、彼女の一面など幻想だと。そう言わんばかりの。
本当のところはどうなのだろう。
もしも今の彼女の見せている一面が、上っ面で、多分そうなのだとして、そうだとすると、本当の彼女はどんな彼女なのだろうか。そんなところまで思って、考えたところで俺はやめた。他人嫌いの、人間嫌いの俺らしくなさすぎるから。酷く、自分を見失っているように思えたから。誰彼他人のことを知ろうだなんて、俺はどうしてしまったんだろうな。
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