第33話 責任と失敗
翌日。
第三回会議。
「こんにちは。今日もいいお日柄ですね」
筑和は、そう笑顔で言った。
応接室に入った俺たちはそれぞれ席に座る。紅茶が出されて、それに一礼して。一口飲む。
「さて、本日はーー」
相手の生徒会長が口を開こうとしたときであった。
「ちょっといいか」
俺は手を上げて少し大きめの声で言った。俺にしては珍しい言動で、それだけに恋瀬川も渡良瀬も驚いたような顔をしていた。
「今日はさ、俺の話をしてもいいかな。実はさ、今年の五月に、うちの学校球技大会があったんだ。男子は野球、女子はバスケットボール。そこで俺はクラスのピッチャーをやることになっちゃって」
筑和含めた相手生徒会はお互い顔を見合わせている。続ける。
「俺はさ、普段あまり人前に出たりしないんだけど、その場の流れみたいなので決まっちゃったんだ。野球部でもない、野球経験もあまりない。そんな俺がピッチャーに選ばれた。それで実際投げてみると、とても球が速くて、豪速球だってみんなに言われた。相手も空振りの三振ばかり。コントロールも良くて、つまりは大活躍だった。なあ、すごいだろう。普段控えめで、大人しくて、あまり発言しなくて、そんな端くれのような男が、一夜ヒーローだ。そう思った。そんな第二試合だった。先頭打者、つまり一番はじめの相手の打つ人。自慢の変化球をそいつにカキーンとホームランを打たれた。ホームランというのは、場外、守っているところの遥か遠くまでボールが飛んで行くことだ。それで一点、相手は得点できる。つまり、俺は失敗したんだよ」
「失敗……?」
「そう、失敗だ。自信を持って投げた球が、少しコントロール甘くなってそれを打たれて。自分がいかに奢っていたか、自信過剰になっていたかを思い知らされたよ。所詮自分の人間としての器を、自分自身でわかっていたはずなのに、何を驕り高ぶっていたんだって思い知らされたね」
「それは、その……」
お嬢様たちが言い淀んだ。俺は続ける。
「でも、それからの俺は違った。自分には責任があったからな。チームの投手を投げる。それを提案されて、承諾した責任があった。だから最後の最後まで投げきった。やりきった。途中、打たれもした。でも、それでも最後の最後までやりきった。そしたら結果、クラスは優勝した。優勝という、たぶん一番いい結果になった。あんなことはもう二度とやりたくはないが、しかし、やってよかったのかもしれない、そう思える経験だったよ」
お嬢様一同が黙っている。少し涙ぐんでいる……のか?
「なあ、初めてやることって、怖いんだ。すごく怖い。責任だって伴うし、失敗すればその責任を問われるかもしれない。恥じるのは嫌だ。誰でも嫌だ。だから逃げることは間違いじゃない。でもさ、失敗するためにやるわけじゃないんだ。何事も、うまくいくように手を尽くすんだよ。うまくいくために、万事を尽くすんだ。結果がどうなるのかは、悪いけどそんなものは保証できないし、保証もしない。どうなろうと知らないさ。でも、やる前から諦めるのは、それは違うと俺は思う」
俺がそう言い終わると、シンとした空気が流れた。ちくしょう、やっぱり言わなきゃよかったか。恥ずかしかったから。
すると、そこで恋瀬川が起立し、書類の束を筑和の元へ持っていった。
「筑和さん。あらかじめ、決めなければいけないことをリストアップしておいたわ。この男の言ったこと、あながち間違いじゃないと思う。もしもあなたもそう思うのなら、一緒にやりましょう。私達はそのためにここにいるのだから」
筑和は涙ぐみながら、がしりと恋瀬川の手を両の手で取り、握った。
※ ※ ※
「いい演説だったわよ、九郎九坂くん」
「うるせぇ。ほっとけ」
「ううん。ふたみん、良かったよ。あれでみんな一致団結というか、今日はたくさん決まったもんね」
実際北青学園は優秀な生徒の集まりであった。一度始まってしまえば、後は期待通り、いや、期待以上の成果を見せてくれた。会議は恋瀬川と筑和、両生徒会長が中心となって進められた。それは圧巻の一言で、流石は恋瀬川というところもあるのだが、それに引けを取らない集中力とリーダーシップを見せたのが筑和生徒会長だった。まあ、二海くん、二海くん、とまるでお気に入りのように意見を俺に求めまくったのはあれだったけど。
「でもね、ああいうのは今回が最後ね。ちょっと見てて、少し痛かった」
「そうね。誰かが傷つかないと進まないことなんて、あるはずがないもの」
傷つく。それは誰が傷ついたんだろうか。そんな話、俺はしただろうか。さて、どうだったか。
「俺は自分の失敗談をしたまでで、誰のことも悪く言ってないとおもうんだが……。まあ、別に。なんでも良かったんじゃねえの。議題も進行し、やることがうまく進むんならそれで」
「あら、他人事のように言っているけど、あなたも書類仕事、各所連絡の仕事がたくさんあるのよ」
「ええっ。まじかよ。俺そんなこともしないといけないの?」
「いいじゃない。お嬢様の女の子たちと連絡先交換できたんだから」
「あ、あれは、仕方がなくだな。クリスマスイベントのためには、連絡とか必要だから、仕方なく」
「はいはい」
「あーっ、ふたみんなんか浮かれてるー。タイプの女の子でもいた?」
「え、そうなの?」
「い、いねえよ。違う、違う。全然そんなことは、これっぽっちもない」
「そうだよねー。ふたみんはもうすでにルートは二つに絞られてるものねっ!」
「……はあ? なんだよ、それ。それこそよなんだよ。どういう意味だか」
渡良瀬が笑い、恋瀬川が肩をすくめる。そんな二人が並んで歩くのを、後ろから一人眺めながら、少し会話に入りながら帰る。
寒くて寒くて、寒くて寒い。風の冷たい冬の通学路を、俺たちはただ歩くのだった。
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