第32話 第二回会議
二日後。
俺と恋瀬川と渡良瀬は再び北青学園に足を運んでいた。警備員とも顔見知りとなり、一応許可証を掲げるが、それでもにこやかに校門を通された。一般生徒も話の通り、興味津々といった感じで、我々一行を遠くから窺うようにみており、それはなんとも居た堪れない気持ちになった。
「うふふふふふ」
「あははははひ」
北青生徒会が笑い、渡良瀬が笑い返す。俺と恋瀬川は出された紅茶を一口、口につけるだけ。今日も議題が持ち上がることはなく、話はさっぱり進まなかった。十一月も中頃。残り時間、約一ヶ月。それを多いと捉えるか、差し迫っていて少ないと捉えるか。人の価値観の違いなのかもしれないが、俺は後者の考えであった。もう時間はないと、そう思っていた。
「今日もあまり進まなかったね、会議」
「……はぁ。そうね、進まなかったわ」
恋瀬川によると進まなかった分、累積した仕事が山積みになりつつあるのだという。校内で決められる箇所は仮に決定して進めているものの、全体として決めたいところは以前手つかずだという。これではいくら人手があっても進まない。
重たい空気であった。
「なあ、恋瀬川」
「なに?」
「今のこの状況、なんとかしたいか」
「……それは、もちろん、そうね。なんのために集まっているのか分からなくなってきたのは、良くないと思う」
「そうか。渡良瀬は、どう思う」
「うーん、楽しい話もいいけど、でも、もう少し真面目に話してもいいかなと思うよ」
「そうか。俺は楽ができるなら、別にこのままでもいいと思ったんだがな。お嬢様の話相手するだけで仕事をしたことになるだなんて、そんな楽なことはない」
「あなた……!」
「でもさ、そんな停滞するためにわざわざ女子校に出向いているわけじゃ無い。それは俺にだってわかる」
「……あなたなら、変えられるの」
「わからない」
「あ、でも、できないとは言わないってやつだ!」
「……ま、まあ、そうだな」
そう言うと、俺はとある人物へスマートフォンでメッセージを送った。
「また明日、ミーティングあるんだよな」
「え、ええ。そうよ」
「わかった。次はもう少し建設的な話し合いにしようぜ」
※ ※ ※
帰校後、俺は二人と別れを告げ、職員室へと向かった。失礼します、と入り、その職員室の休憩スペース、いわゆる喫煙所に向かった。
「大垣先生」
「やあ、九郎九坂。どうだ、お嬢様学校は楽しんでいるか」
嫌な挨拶であった。俺みたいなやつが、仮にも楽しむなんてことあるはずがないのに。
「座っても、いいですか」
「ああ、もちろんだ。こんなところだが、座ってくれたまえ」
俺はソファに座り、逡巡し、口を開いた。
「先生は、タバコ吸うんですか」
「いや、吸わない。ここに君を呼んだのは、今他に場所がなかったからだよ。応接室は使われている。校長室も使用中だ。職員室もなにかと慌ただしくてな。そこで君にはこんなところに招いたわけだが、まあ、そんなこんなところで悪いが、もし君がそれで良いならここで話を聞かせてくれ」
「はい」
俺は何から話したものかと、そう思いながら話し始めた。
「実は北青学園との会議、あれうまく行っていないんです。今日で二回目同席しましたが、談笑しておしまいです。つまり、相手の授業中について尋ねたり、学校生活について尋ねたり。そんな話ばかりです。笑い話と、質問と、それだけです」
「なんだ、楽しそうにやってるじゃないか」
「いえ、まあ、楽しいのは悪くないんだと思いますが、議題が何も進んでいなくて」
「議題?」
「クリスマスイベントです。本来はそれの全体で決めることととか、意見を合わせるとかぶつけるとか、そういう話し合いになるものだとばかり思っていました。しかし、その話は全体のイチパーセントも出ていないと思います。まるで物事が進んでいません」
「ふむ、そうか。それは大変だな」
「先生は他人事ですね。生徒会の顧問じゃなかったんですか」
「所詮他人事だよ。君だってそうだろ。クリスマスイベントは自分事じゃなくて、恋瀬川とか生徒会の問題だってそう思っているんじゃないのか」
「ま、まぁ……」
「まあ、いい。逆に考えてみろ、九郎九坂。どうして進まないのだと思う。会議はなんで進まないのか、理由を考えてみろ」
「理由……」
「そうだ。九郎九坂が先生に相談にしてくるなんて、入学以来初めてのことだからな。少しは自分の事として捉えて物事に挑んでいる。そう、前向きに思えて先生は嬉しいのだよ。だから、ヒントを出そう。なに、そんなに難しくないさ。小賢しいきみならわかる。ヒントは相手が会議を進めない理由だ。相手のことを、考えてごらん」
相手。相手のことを考える。相手というのは、北青学園生徒会のメンバーだ。生徒会長は、たしか筑和明海といったか。そのカトリック系の学校の、お嬢様学校の、女子校である、その生徒会の彼女たち。なぜ議題を進めたくない。クリスマスイベントで集まっているのに、話題にしたくないのはどうして。なぜ。そういえば、彼女は一番最初に言っていた気がする。
「私達としては、他校の皆さんと一緒にできるということが、一緒にイベントをできるのは初めてのことで」
初めて。最初。やったことがない。そんなときの心理状況は何だ。うまくやったことがない、うまくできるか心配だ、そういうことか。もっと、もっとだ。もっと突き詰めろ。心配とはどういうことだ。何を恐れている。うまくいかないこと……失敗? そうか、失敗したくないんだ。失敗して、そして責任を負わされたくない。責任を負いたくない。そうか、そういうことか。
「失敗して責任を負いたくない。だから、逃げているんだ」
「なるほど。それが、君の答えか」
「ああ」
先生は笑った。それは嬉しそうに。俺が他人のことを考え、他人のことを思いやって、そして、相手の気持を考えたことに。そういうことが嬉しいかのように、笑った。そしてタバコを取り出した。
「えっ」
タバコに火をつけた。
「タバコ、吸わないんじゃなかったんですか」
先生は笑いながら言った。
「すまん、すまん。実はスモーカーなんだよ、先生は。まあ、君と同じだ。人間誰だって嘘つきで嘘ばかりついているってことさ」
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