第31話 北青学園女子中学校

 翌週。北青学園訪問の日が来た。



 放課後に俺たち三人は特別に訪問する許可をもらっている。事前に許可証みたいなものを貰って、それを胸の前でぶら下げていた。俺は恥ずかしいからポケットにそれを入れていた。入口の校門のところに警備員がいて、許可証を見せて話をしたら、懇切丁寧に場所を教えてくれた。俺はどこか怯えるような、ビクビクとするような、キョロキョロと周りを警戒するような感じであったが、恋瀬川に堂々としていなさい、と言われて。仕方なくそれをやめた。



「ようこそいらっしゃいました、皆さん。生徒会長の筑和です」



 筑和明海つくわあけみです、と彼女は言った。



「生徒会長の恋瀬川凛雨です」


「えっと、お手伝い? の渡良瀬彩芽です」


「同じく生徒会長補佐の九郎九坂二海です」


「あら、二海さん。どのような漢字を書かれるのかしら」


「ええと、漢数字の九に朗らか、また九に坂道の坂で九郎九坂。二海は、漢数字の二と海です」


「あら、私の名前も明海で明るい海と書きますの。同じ海ですね、二海さん。よろしくお願い致します」


「え、ええ。よろしくお願いします」



 普段九郎九坂、名字で呼ばれることが多いので、名前呼びは少ない。渡良瀬は『ふたみん』などとふざけた呼称で呼んでいるが、それでも名前で呼ばれるとなんかこそばゆい。



 通された応援室はとても広かった。全部で十人以上は向かい合って座れるんじゃないか。そんな広さだった。相手の生徒会は全部で五人だった。本当は八人いるらしいが、今日は所要で三人いないのだという。一応全員挨拶をした。順番が回ってくるのに、それなりに時間を要した。最後に俺が挨拶したところで、ようやく議題が始まった。



「では、始めましょう。まずは、これは私達からのお気持ちなのですけれども」



 クッキーが差し出された。どうやら手作りらしい。手作りとか弱いんだよな、そういうの。



「私達としては、他校の皆さんと一緒にできるということが、一緒にイベントをできるのは初めてのことで非常に楽しく、嬉しく思っています。本校はカトリック系の学校なんですけど、みんながみんなキリスト教信者というわけではなくて、信仰というより、お勉強をして理解を深めている、みたいなところかしら。女の子ばかりの学校ですので、同年代の殿方の来校は滅多になくて、ここにいる私達でさえ、興味津々なのですよ。だから、ご迷惑お掛けしたらごめんなさいね」



 殿方。どうやら俺のことを言っているらしい。俺程度の人間に、お嬢様方の皆さまがどんな興味を持たれるのか。それはぜひとも知りたいところではあったが、しかし面倒くさそうだなとも同時に思ってしまった。群れることなく生きている俺に、群れの中に入れというのは酷な話である。



 それからお嬢様方のお話しは止まることがなかった。渡良瀬が合いの手のように「そうですねー」「そうかもですねー」と言っていたが、こちらサイドの発言はそれだけである。恋瀬川がこれではいけないと思ったのか、イベントについての話題を持ち出そうとしたが、やんわりと話の腰を折られた。世間話と自分たちの話と、それと俺たちの話。身分話というか、学校生活はどのようなことを過ごされているのかとか、給食はどのようなものが出るのかとか、先生はどのような方がいるのか、授業はどのようなもので、どんなふうに進み、どのようなことを学んでいるのか。同じですね、違いますね、そうなんですね、なるほどですね、ふむふむ、へぇー。ふふふふふ。



 初日はこんなふうにして過ぎ去り、終わってしまった。



 その帰りである。



 一応徒歩圏内であるため、俺たち三人は北青の生徒会に見送られながら徒歩で帰校した。



「なんか、すごいひとたちだったね」



 渡良瀬が言う。その感想はなんともざっくりしていたが、しかし最も的を得ているようにも思えた。



「ええ、お話が好きなのかしらね……議題が進まなかったから、それはまた次回ね」



 恋瀬川も少し疲れているようだった。あの恋瀬川が圧倒されるとは、恐るべきお嬢様達。



「まあ、その話の三割くらいは俺に対する興味というか、質問攻めだったじゃないか。もしかしたら話の半分くらいだったかもな。つまり、大変だったのは俺。相槌しかしてないんじゃないのか、二人とも。俺の立場に比べればマシだったんじゃないかと思うよ」


「あなただからよ。何を答えるかと思うと、気疲れしたわ……」


「ねえー、ふたみん嘘とか虚言とか適当なことではぐらかしてばっかりだったよね」



 それは仕方ない。俺の性格上というか、言葉の語彙力の偏りというか、まあ一番はひねくれている性根が問題なんでしょうけども。



「わるかったよ。次はもう少し真面目に答えてあげることにするよ」



 そこで俺は思った。



「というか、次もこの三人なのか?」


「ええ。基本的にはそうよ。あまりメンバーを変えても、向こうに混乱を招くばかりになってしまうと思って」



 つまり、それでは、それは、まるで俺がクリスマスイベントの中心人物の一人であるかのような、そんな役回りみたいじゃないか。ええ。ただのお手伝いじゃなかったの。これじゃただの交渉人じゃないか。ネゴシエーターかよ、俺は。このままでは、お嬢様の話し相手、使用人じゃないか。



 まあ、次はもう少し建設的な話し合いになるだろう。そう、このときは思っていた。




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