第25話 恋は昨日よりも届かない

 別にいいよ。何もできないと思うけどな。



 俺が渡良瀬にあの後言った言葉だった。他人の恋路に関わるなど、そんな面倒なことを良くも了承したなと、振り返れば自分でもそう思った。少し後悔さえしていた。これは生徒会長からの命令でもなければ、別に渡良瀬と俺との間に親愛なる友情関係があるわけでもない。義理も人情も道理とはしてこなかった俺だ。よく考えれば、いや、考えるまでもなく了承すべきではなかった。他人と関わるなど、そんなことをしてろくなことがないのは分かっているじゃないか。知っているじゃないか。それなのに俺は受けてしまった。応援してやると、そう答えた。ホント、何がしたいんだろうな。俺は。



 

 その日も図書委員としての仕事をそこそこに終わらせ、帰宅しようと自転車にまたがり、途中の坂をえっちらおっちら登っていた。またすぐ下ることになる坂なのだが、行きも帰りもどちらにしてもここは登らないといけない。なかなか苦難である。



 坂を超えると、そこからは一本道である。迷うことなく家につく。



「ただいまー」


「おかえり」



 帰宅すると、妹がリビングで携帯ゲームをしていた。親に買ってもらった最新機種。ちなみに俺はそんなもの持っていない。古い型の、昔のゲームなら部屋にあるんだけどな。



 夕食を二人で取り、俺は先に風呂に入った。疲れた人の声が出た。気疲れである。



 俺は考えた。誰かが誰かのことを好きになるということを。恋をするということを。恋愛とは何だ。友情すらまともに結べていない俺である。それを通り越して恋だ、愛だというのは、少し難しいことのように思えた。理屈では説明できないことのようだった。



 やはり感情か。感情的に、好きだと思い、好きかなと考え、好きなんだなと納得する。恋とはそういうものなんだろう。その程度の事なんだろう。他人にとっては、これほど実にくだらないことはなく、興味のないことはない。恋愛漫画や、恋愛小説を好んで読むのは、いったいどうしてなのだろうかと考えても理由が見つからない。何が面白いんだ、そんなもの。何を好むのだ、そんなこと。他人の人間関係なんて、やっぱりどう考えても面白くないよな。今流行りはラブコメだとか、小説も漫画もラブコメが売れてるとか、実際のところはどうなんだろうな。そんなことは嘘かもしれない。いや、嘘なんだろうと、そう思う。やっぱり、ラブコメを書こうと思って書き始めるやつはどうかしてるんだよ。きっと。そんな作者、ちょっと世の中で売れてるジャンルがあって、ちょっと自分も書いたら自分も売れるかもしれないと勘違いをして。その程度の理由で書き始めたに決まっている。くだらない。ラブコメとかくだらない。現実に起きるわけないだろ、そんなもの。少なくとも俺に関してはあり得ない。断言しよう。残念だったな、期待していた誰か。まあ、期待していた誰かがいたのか、そんなことさえも、それは俺にとっては知らないことで、俺なんかには全然関係ないことなんだけどな。



 



 ※ ※ ※









 翌日。



 二時間目と三時間目の間。僅かな休憩時間、移動教室ではないこの時間。友達と話すその友達がいない俺にとっては、やはりひとりぼっちの時間であった。俺は女子の集団が何やら談笑し、話をしているのを盗み見ていた。そこにはもちろん、スクールカーストトップの渡良瀬もいる。そして話の輪の中にいるひとりの長髪の女子。彼女が荻野か。見た感じだと、普通の女の子だ。普通に笑うし、話にも積極的に入っている。相槌も的確に打っているように見えるし、その仕草に不自然なところは見受けられない。逆に言えば、特異だって目立ったところのない女子でもあった。どこにでもいそうな、全国探したら二三人見つかりそうな、普通の女の子。普通で、普遍的で、何も変わり映えのなくて。俺にはそんな女の子に、第一印象としてはそういう女子に見えたのだった。



 昼前。四時間目。学級活動略して学活の時間。もちろん話題は宿泊研修のことである。どうやら、見学の班決めをするらしい。くじ引きで引いて、惹かれるままに決まった俺の班は三人班。渡良瀬、荻野、九郎九坂。



 ……なんだ、やらせか?



 ここまで役者が揃うようにピタリと班のメンバーになることあるだろうか。何か仕組まれているのではないか。そう疑わざるを得ない。俺と渡良瀬。荻野の恋する事情を知っていて、そして応援している二人。これ以上にない組み合わせじゃないか。俺はどうやって応援しようか悩んでいたところにこれだもの。どうやらこれで、任務達成の楽ができそうだぜ。



 さっそく班のメンバーで集まって、当日の行動作戦会議である。



「よろしくお願いします」


「ああ、よろしく」



 俺と荻野の挨拶はそこそこに、荻野は俺と渡良瀬の関係が気になったようだった。



「二人は仲いいの?」



 俺が答える。



「いや、そうでもない。生徒会の手伝いをしているから少し話をしたことがある程度だ。生徒会長の手下二人みたいな関係さ」



 渡良瀬が、合ってるような間違ってるようなと悩むので、補足した。



「生徒会長と渡良瀬は小学生からの知り合いらしくてな。だから手伝いをしているらしいんだ。あれ、この話は流石に知っていたか。まあ、俺は大垣先生にやらされてるみたいなものなんだけど、だからその、仲がいいというより話のできる知り合いってところだ。ちなみに俺は今回の協力者でもある」


「協力?」


「荻野さんの夜景での勝負のやつさ。渡良瀬に聞いた」



 俺は声を潜めて、小声にして続ける。



「香取の連絡先とか知ってるのか? ……そうか。俺、実は知ってるんだよ香取の連絡先。少し話せる仲でもある。何なら自由時間のときに呼び出して、一緒に回れるようにしてもいい」


「ほんとですか?」


「ああ、ほんとうだ。俺は嘘はつかない人間なんだよ」



 俺は嘘をつくように、息を吐くようにそんな言葉を言った。




 


 

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