第24話 うわさばなし

「やあ、九郎九坂くん。呼び出して悪かった」


「……香取。部活はいいのか」


「ああ、ちょうど練習が終わったところ。片付けしているところさ」


「お前は片付けしなくていいのか」


「僕もやるよ。でも、一年生が一番やるかな。年功序列なんだよ、この部活意外と」



 俺は校庭とテニスコートを仕切るフェンスに寄り掛かった。香取も隣に並ぶ。



「それで、なんだよ用って」


「ああ、それなんだけど……」


「なんだよ」


「恋瀬川……さんと、君は付き合っているのか?」



 ……またその話か。今日はその話ばかりだな。



「おまえもそんな噂に流されるんだな」


「そうじゃないけど……やはり違うのか」


「違う、違う。全然そうじゃない。付き合っていないよ。お前も炊事遠足の現場にいたじゃないか」


「そうなんだけど、だからこそ、可能性があるなら君かなって……君なら、君なら任せられると思うからさ」


「は? 誰が? 誰と?」


「いや、ひとりごとだ。聞き流してくれ。それよりも悪かった。風のうわさを真に受けて、君に不快な思いをさせて」


「別に。誤解が解けたなら、それは良いことなんじゃないか」


「ああ、そうだな。そうかもな」



 「なあ、」と彼は続ける。



「もしも、僕が困ったとき、君は助けてくれるか」


「? なんだよ、いきなり。なにか困ってるのか」


「いや、今は困ってないけど。これから困るかもしれないからさ」



 ? ハテナだった。未来に困るかもしれない? そんなの当たり前だろ。未来は未知数。不安要素しかない。困って当然だ。



 それからやがて、「香取せんぱーい」の一言で彼は部活に戻って行った。俺は彼がいなくなると同時にそこを離れ、自転車置き場へと向かった。







 ※ ※ ※









 その夜。夕食のときに俺は妹に困ったことはないか、と聞いた。迷惑メールとかないか、と聞いた。妹はそんなものは無い、変なのがあればお兄ちゃんに相談するときっぱり言った。俺は安心した。



 部屋に戻り、俺は自分のスマートフォンを起動した。母親、妹、恋瀬川、渡良瀬、香取。数えるほどしかない、数少ない連絡先ではチェーンメールは回りようがないなと改めて思った。これでも、ここ数ヶ月で増えた方である。クラスラアインにはまだ入っていない。渡良瀬から招待は来ているのだが、だけど入るメリットがデメリットを超えていないのでまだ入れずにいる。クラスに属している以上、入ってもいいのだろうが、しかしその他大勢に属するというのは性に合わない気がする。大勢の端っこにいるとかなら、それなら分かるんだがな。まあ、八月も過ぎた今頃になってというのも、なにか今更な気がして気が引けてしまっているも、事実なんだけどな。



 翌日。



 俺はホームルームで担任から宿泊研修の説明を受け、栞を受け取った。夏休みの合宿が思い出されるが、今回は学校行事としての研修だ。場所は函館。市内の学校としては、妥当なところだろう。日程の都合上一泊二日で、やや急ぎ足のような、窮屈な日程になってはいるが、それでも文化遺産や有名な坂道、夜は函館山からの夜景に翌日には、金森赤レンガ倉庫など、見どころは多い。個人的にはト○ピストクッキーが楽しみだ。あれ、美味しいんだよね。すごく。ホントハマっちゃう美味しさよ。



 その日は穏やかな日であった。角の隅の席から受ける授業は、当てられることもなく、課題もなくて、真面目に授業を受けるだけ。給食もそれなりで、昼の校内放送で、少し昔の、だけどとても好きなアーティスト・バンドの曲が掛かって気分が上がったりした。



 放課後になって、スマホを返却される列に並び、それから図書委員としての責務を果たすため図書準備室へ向かった。今日も今日とて蔵書整理だ。そうやって、一冊、また一冊と、並べていた時であった。



 コンコン。



 またノックである。今回はなんとなくだけど、相手がわかりそうな、予想できそうな気がするけどな。



 俺は返事をした。扉の向こうに聞こえる声で。しかし、そんなに大きくはない遠慮気味の声で。



「失礼しまーす……あっ、ふたみんいた」


「渡良瀬か。どうした、また生徒会長か?」


「ううん。今日はちょっとふたみんに用があって」


「俺?」



 俺に用? 個人的に? なんだろう。恋瀬川との恋愛話に関する誤解はもう、解けたはずだけど。



「実はね、相談事を私がされていてね、その相談なの」



 相談事の相談?



「同じクラスのね、二組の荻野さんっているでしょ。実は彼女八組の香取くんのこと気になってるんだって」



 荻野、という名前に覚えはない。校則違反の化粧のとき、ネイル騒動の時にそんな名前がいたかもな、その程度である。香取は言わずもがな。あのイケメンテニス部主将である。あいつモテるんだな。やっぱりというか、それを聞いて納得という感じでもあるけど。



「それとね、それとは別に八組で私が仲の良い友達に小野くんっているんだけど、彼が八組の多々良さんのこと気になってるんだって」



 小野という名前は、それは全然知らない。どのような男なのか、さっぱりわからない。多々良というのは、あの可愛らしい彼女か。ふーん、随分と浮いた話もあったものだ。……それで?



「うん。それでね、今度函館行くでしょ? そこの夜景で……ってことらしいの。二組とも。ね、なんかドキドキしない?」


「そうか? 俺にはなんで、外野の俺等がドキドキしないといけないんだかわからねぇよ、そんなの」



 まあ、絶景の生み出す良い雰囲気というのは、どうして人の心を動かすものなんだろうか。動かされてしまうのだろうか。たとえ、夜景で勝負して、うまく行ったとして。それは本当に本人の気持ちが伝わったことになるのだろうか。夜景の、その場の雰囲気に流されてという、夜景のお陰でということはないだろうか。俺はこの話を聞いて、そんな無粋な考えを最初に思いついてしまったのだった。



「それで、なんでそんな浮ついた噂話をわざわざ俺のいるところにまで来て話したの。なに? 当てつけ?」


「いや、そうじゃないし。そう言うんじゃないし」


「じゃあ、なに」


「うん、ええとね。手伝ってほしいの」


「何を? 恋路の成立をか?」


「ええと、まあ、うん。本当は私一人に相談されていたからひとりでやるつもりだったんだけどね、二人も相談されると思わなくて。それで、誰か手伝ってくれそうなひといないの? って聞かれたからつい……」


「俺の名前を出したのか」


「ごめん……他に思い浮かばなくて」


「なんで、俺なんか」


「だって、その、りうりーには相談しても難しく考えそうで、迷惑かなって。他の友達はその、無闇に話したりして噂とかになったら本人可愛そうかなって思って」


「既に噂になった俺なら大丈夫、ってか?」


「そ、そうじゃない。そうじゃないけど。ふたみんなら、頼れるかなって。ほら、小野くんとも荻野さんともふたみんはそこまで仲良しではないから、変な噂流したりしないかなって。真剣に考えてくれるかなって。……だめかな」



 なんで俺を、誰ともしれぬ男である俺なんかをそんな無条件に頼れるのか。信頼を置けるのか。それは本当にわからないことであった。あまりに親しい人間に話を余計にして、噂を流されては困る。だから、全然関係ない、人間関係のないヒトに頼みたかった。それは分かる。それで、たまたま恋瀬川の知り合いである俺を思い出した。それもなんとなくわかる。しかし、夏休みの合宿のときもそうだったけど、なぜ全幅の信頼を俺に寄せられるのかは、まるでわからないことであった。何かしたかな、俺。



 それは謙遜なしに、怖いくらいに思えることで。疑いに疑いを重ねてしまうほど、その頼られ方は怖かった。


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