宿泊研修編

第23話 それは凛として咲く花の如く

 夏休み明けの登校日。


 

 まだまだ残暑が厳しく、うなだれるような暑さが垂れ込めている今日この頃。始業式を含めた午前授業である今日は、まるでやる気が出ない一日であった。半日ぐらいであれば、休んでしまおうかと、そんなことを朝の寝ぼけた頃には思ったものだ。しかしまあね、妹にも急かされちゃったしね、学校行かない不良なんかになったら親不孝というか、家族に迷惑掛かるからね。そういうことはしない真面目な俺氏であった。



 そんな、心持ちで登校した俺は、自転車を自転車置き場へと止め、いそいそと下駄箱で靴を履き替えているときだった。



「あら、おはよう。九郎九坂くん」



 それは、凛として咲く花の如く……ではないが、それでも確かに華のある姿ではあった。恋瀬川。彼女はいつでも凛々しい姿でいるし、いつでもそうあろうとし続けるのだろうと改めて思わされる光景であった。だからこそ、それ故に彼女はあまりに目立ちすぎる。



 それは話しかけられた俺も目立つということになる。



「……ああ、おはよう」



 俺は小さく挨拶をした。あまり目立つことはしたくない、できればそういうのは避けて生きていたいと思いながら生きてきたので、俺はそれとなく、目立たないように挨拶をした。どこで彼女の親衛隊が見張っていて、周りの虫を殺しに掛かろうと躍起になっているかも知れない。それは、わからないからな。もしくは恋瀬川にラブレターを渡そうしているやつが見ていて、それでその時に俺と話すのを目撃してショックを受けてしまったかもしれない。隠れてるどこかの誰か。それはなんか、ごめんね。……いや、なんでそんな配慮を妄想せねばならないのだ。彼女に挨拶されて、俺が卑屈に感じたからか? いや、ホント、挨拶されただけなんだけどね。



 そんなちょっとした挨拶を終えると、すぐに彼女は踵を返して教室の方へ向かった。さっと、髪をなびかせるようにして歩きながら。俺も外靴を下駄箱に入れて、一ヶ月ぶりに上靴を履いた。



 教室に着くと、その日も当然のようにスマホ回収ボックスがあった。午前授業でも律儀にやるらしい。一部の生徒は隠し持っていたりするんだろうが、俺は真面目なのでスマホをその箱の中に入れた。



 始業式は一時間目であった。校長の長い話はあったが、生徒会長からのお話はなかった。春の始業式とは違うんだな、となんとなく思った。



 授業を窓の外を見て過ごしたり、ぼんやりとして過ごしたりして受け流し、そして放課後になった。夏休み同様、今日も図書委員はない。朝のうちに連絡のメッセージがスマホに来ていた。だから、今日は用事がなにもないので帰るのだ。



 薄いリュックサックを肩に掛けながら、教室を出たときだった。



「ふたみん、ちょっと。来て」



 声をかけてきたのは渡良瀬。来て、の一言が少し強めだったので、俺は断るタイミングを失って、彼女に引っ張られるままに連れてこられた。場所はお馴染み、いつもの場所。生徒会長室である。



「失礼しまーす。渡良瀬、来ました」



 そこには、恋瀬川が当たり前のようにいた。いつもと違うのは、彼女が玉座に座っているのではなく、こちら側の向かい合ったソファに座っていることだった。帰り支度をしながら座っているということは、彼女も渡良瀬に呼ばれてきたのだろうか。



 渡良瀬は恋瀬川の隣に座り、俺はなんとなく向かいに座った。



 俺と恋瀬川は目線を合わせたが、なんとなく居心地が悪くなってすぐにそらした。それを見てか、渡良瀬は大げさに咳払いして、話し始めた。



「お集まりいただき、ありがとうございます」



 は、はあ……。



「では、単直に。……お二人は付き合っているのですか?」



 少し小声で言うのだから、俺はタイミングが少し遅くなった。



「……はあっ!? なんだそれ? どういう意味?」


「いや、だから、ふたみんとりうりーがお付き合い? してるって噂を聞いて……」


「渡良瀬さん」


「は、はいっ」



 目が怖かった。それ以上の言葉がない。



「そんな事あるわけ無いでしょ。この男の選択肢に私の攻略ルートは無いわ。あってもバッドエンドよ」



 ……そうですか。それは良い攻略情報だこと。選択肢間違えないで済みそうです。



「俺からも否定する。付き合っていない。どんな噂が流れているのか知らないが、俺はともかく恋瀬川だぞ。他校のイケメン男子、サッカー部の主将とかがお似合いだ」


「あら、あなた酷い偏見を持っているのね。私は九郎九坂くんは彼女どころか天涯孤独だと思っていたのだけれど」



 ……それはある意味正解。望みというか、俺の希望でもあるから返答は控えさせていただきます。



「そ、そっかー。なんだー」


「『なんだー』はこっちだ、渡良瀬。真剣な顔で呼び出すから何事かと思えば……」


「真剣だよ! だってりうりーは友達だもん! 親友だもん!」


「……親友かはともかく、友人であることは間違いないわ。心配してくれてありがとう、渡良瀬さん」



 えへへー、と渡良瀬はなよなよしている。二人で仲良さそうにしているところを見ると、俺はこの場にいらなかったのでは? と思えてしまう。実際、いらないね、ハイ。



「そんなことより、渡良瀬。そんな噂どこで聞いたんだ?」


「ん? ええと、メールが回ってきたというか、メールが回ってしばらくしたらクラスラアインでも話題になって」



 メール。チェーンメールか。悪意を持った良くない現象だ。



「チェーンメール?」


「受け取った人に、次は誰かたくさんの人にこのメールを送ってください、って送りつけるメールだ。本来は迷惑メールみたいなものだから誰も相手にしないんだろうが、本文見られるか?」


「う、うん。……はい、これ」



 俺は渡良瀬からメールを受け取り、その文を読んだ。悪意にまみれていて、全文朗読するのは伏せようと思うが、中身を要約すると夏休みに行われた小中学生合同の炊事合宿で小学生が聞いた話によると、そこに参加していたとある男子と生徒会長の恋瀬川が交際しているらしい、というものであった。恋瀬川だけが名前を出されている。つまり、彼女に対する悪意ということなのだろうが、これだけでは、相手が俺だと分からなくね? まあ、俺なんかは孤独すぎてチェーンメールすら回ってこないんですけど。迷惑メールも来ない俺のスマホって、やだ健全。



「だって、他に男子ってふたみんくらいしかいなかったじゃん」



 男子……あとは香取とか、野球部の一年くらいか。それならば、なるほど、内情を知っている人にとっては相手が分かりやすい、推測しやすいということか。まあ、参加者には顔バレしてるとして、普通の人には、このチェーンメールを読んだ人には恋瀬川以外、誰がいるのかわからないぞ、と。それと、だ。



「たとえ、恋瀬川が誰かと交際していたとして、それが何の悪意になるんだ?」



 俺がそう言うと、恋瀬川と渡良瀬は二人で首を傾けた。




 続ける。



「いや、だってそうだろ。恋瀬川に恋人ができたのなら、それはおめでたいことだろ。恋瀬川が高嶺の花で、ライバルがたくさんいて、そいつらを遠ざけるためにチェーンメールを流したのなら、それならまだわかるが。どっちにしても、悪意とは取れない」


「……そう。あなたには、そうなのかもしれないわね」



 恋瀬川は少し寂しそうに言った。……俺なんか悪いこと言った?



「この件は、私がなんとかするわ。最悪、教師にも相談する。生徒会は関係ない。だから、九郎九坂くんは大丈夫よ」


「匿名だけど、俺の名前も登場して間接的に被害受けてるんだが」



 スマホが鳴った。メッセージである。



「大丈夫よ。あなたの言う通り、私の問題だから」


「そうか」


「ええ」



 俺はその返事を聞くと、それから二人に軽く挨拶して部屋を後にした。俺のスマホには、香取という男から呼び出しのメッセージが来ていた。たしか、彼はテニス部の主将だったな。そんなことを思って部屋を出た。

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