第14話 イケメン紳士、香取香平
一週間後。
今日は丸一日学祭の準備に当てて良い日。の前日。明日から始まる学祭週間を前に、その日の放課後に生徒会長補佐二人は呼び出された。正しくは、呼び出されたのは生徒会のメンバー。正式役員ではない俺たちなどお呼びではないだろうが、しかしこの件は生徒会長に俺たちが任されている。
六組は五日前に、既に話をつけている。メンバーが野球部のレギュラーだったからな。俺が生徒会の手伝いをしていることを伝えると、これまでの反論姿勢を翻し、お化け屋敷は諦めてもらえることになった。お化け屋敷は校内で二クラス合同で行うのが通例となっていて、三年生の一組二組で最初から話が決まっていたのだ。まあ、やりたい気持ちが分からないでもないが、来年やることができることに期待を持ってもらうことで今回は諦めることを了承した。
七組も楽勝であった。七組には生徒会役員の二年生が二人もいたのだから、諦めさせるための材料は揃いすぎていた。だから、問題は八組であった。もちろん、八組にも事前に話はしてある。生徒会の名を語って、できれば諦めてほしいということを、とてもオブラートに包んで、波風立てないように丁寧に丁寧に話した。誰に話したかは覚えてないがな。
「やあ、こんにちは。君たちが学祭の生徒会のひとかい?」
「まあ、そんなところだ」
「八組の学級委員、
「二組の九郎九坂。彼女は渡良瀬」
「よろしく。……それと、ああ、球技大会の君か」
「……まあ、そんなところだ」
俺はやはりそんな認識なんだな。まあ、知られていないよりかはマシなんだろうけど。
「それで、君たちは家庭科室の使用を諦めてもらうため、説得にでも来たのかな」
「話が早いな、香取。そのとおりだ」
「……そうか。やっぱりそうか」
彼は顎に当てて、少し考えた。話を理解していて、その話が早く解決しそうだというのは、俺としてはありがたいことだ。
「六組も七組も、いろいろと諦めたからな。まあ、二年生は仕方ないところあるんだ」
「だから僕らにも諦めろって、そう言うのか?」
「なんだ、不服か」
彼は言った。
「ああ、不服だね。八組全体としての意見は、家庭科室の使用を許可してほしい。僕もそう願うよ、ダメかな?」
ま、マジか…………。
俺に与えられたのは予定調和である。家庭科室三年生が使用するため、二年生の八組には諦めてもらう。生徒会長に言われたのもそうだ。なだめる。言葉で、どうにかして、諦めてもらおう。それが俺の役割だったはずだ。
「みんな仲良くっていうかさ、うまくできないかな」
みんな…………みんなって。
それは俺の大嫌いな言葉だった。
みんなとか、大多数とか、誰もがとか、そういう不特定多数をあたかも味方であるかのように言う言葉が大嫌いだった。どうして他人を巻き込まないと自分の意見が言えないのだ。自分の意見は自分のもの。みんなやっている、とか自分を騙して他者に隷属する欺瞞そのものだ。そうじゃないのか。違うのか。俺はそうだと思っていた。だから今回、二年生はみんな諦めている。だから、君たちも諦めたまえ、と迫ったのだ。みんなって言葉は便利なんだろ? だから使ったんだ。使ってみたんだ。でもまあ、実際のところ、俺はいつも一人だからな。そんなたくさんの人数に囲まれたことも、仲良くしたことも無いから良くわからないんだよ、そういうの。
「それはーー」
できない、って言おうとしたときだった。
「ちょっと考えてみるね」
渡良瀬だった。
「ちょっと、お前ーー」
「そうか。時間なくてすまないが、よろしく頼むよ」
香取はそう爽やかに、とても人の良さそうな笑顔でそう言った。それは本当に何か裏の策略があるような貼り付けた表情ではなく、仮面のような笑顔ではなく、ただシンプルに笑みであった。
※ ※ ※
俺は今更だが、渡良瀬と連絡先を交換した。メッセージ交換アプリ、LAINE! である。一昔前はポケベルの数字交換、4649とか10105で今どこ? って感じだったのに。それが今や携帯メール、パソコンメールを経て、メッセージを送り合うようになった。しかも専用アプリだぜ。俺はメールとかの方がまだしっくり来るんだがな。最新機種なんてガキに与えても良いことないぜ、ホント。「お友達にバカにされちゃうから」って母が買ってくれたスマートフォンだけど、言うほど友達ができていないところが残念なところである。
恋瀬川の連絡先を俺は知らないので、渡良瀬から八組が駄々こねてることを連絡してもらった。多分出ないけど、しかし万が一にもこれでオーケーが出ればそれで任務終了。お役御免。しかし、生徒会執行部から不許可が出て、それでもなお八組が駄々こねる場合。これは面倒だ。なんでも、渡良瀬が言うには香取はテニス部の主将で、部長の集まりである部長会のトップでもあるらしい。ちなみに学力は恋瀬川に次いで二位だ。俺なんか足元にも及ばん。
「つまりいつも頼れる存在の
「そこまで酷く言ってないし。ふたみんの口が悪いだけだし」
「分かった、分かった。悪かった、悪かった。しかしだな、多分許可は出ないんだろ? 家庭科室は広くないし、調理器具もそこまで多くない。三年生が二クラスぐらい使用すればそれでおしまいだ。やっぱりあのときはっきりだめだって言えばよかったのに」
「えー、でも、でもね? なんとかしてあげたいじゃない。二年生の今のクラスのメンバーは、今だけだし」
「そんなこと言ったら、一年も三年も同じだろ。年功序列って言葉があるだろ。無意味に従っとけよ。理不尽に譲っとけよ。それで解決なのに」
そんなものだろ、世の中。だからみんな嫌いなんだよ。
「とにかく、明日、生徒会室ね。りうりーとも話したいし、役員の人? なら、なんとかしちゃうかもだし!」
ならねえよ、たぶん。だからなんとかしなくちゃいけない。
「とりあえず、また明日な」
「うん、また明日」
俺は帰路に着く。自転車のギアを漕いで。家は学区内とはいえ……遠いのだ。範囲が広いのだ、うちの学校は。自転車で二十五分。坂道もある中距離コースである。自転車である以上、帰り道も一人ぼっちであることが多い。さっきのは、学校から出てすぐのところで少し渡良瀬と話をしただけだった。帰路は全然違う。真逆かもしれない。まあ、それで何か関係があるかというと、全然関係がないのであった。
さて、俺は自転車を漕ぎながら考える。信号待ちの間考える。坂道の途中で考える。香取香平という人物。彼の人柄、周囲からの信頼の厚さを考える。それと渡良瀬。渡良瀬が彼をかばう理由を、目的を、動機を考える。なぜだ。どうしてだ。どうしてあんなやつをかばう。なにかあるのか? それは聞いていない。わからないことだ。しかし予想はつくかもしれない。考える価値はある。
正直八組が喫茶店の模擬店を出店できるかどうか。それはどうでも良かった。許可が出るなら出るで、明日生徒会室でその話を聞くだけで済むのだ。しかし不許可の場合。この場合は、八組を。香取香平を説き伏せねばなるまい。そのための特別なんたら補佐だ。そして、その場合。やはり問題になるのは香取と渡良瀬だ。そこが何か予想できれば、あるいは打開点が見つかるかもしれない。
渡良瀬。渡良瀬彩芽。彼女は球技大会のときにバスケットボールをうまくやっていた気がする。しかし、それは彼女がバスケ部なのかどうかはわからない。いや、確かあのとき帰宅部と言っていたか。運動神経が良いのは間違いないだろうが、球技大会で活躍した奴で、運動系の部活動をしていない奴だっている。俺と似た境遇か。似てないけど。
恋瀬川とは小学生の時からの顔馴染であると言った。だからお手伝いをしていると。手伝いをしているが、役員ではない。生徒会選挙には出ていない。となるとやはり、実は部活を、別になにかやっているのかもしれない。仮に部活動を運動系でしていて、それで部長を任されていたとする。香取とは部長会で顔見知りになったのか。それで部長会のリーダーである香取の言い分を聞きたくなった、受け入れてやりたくなった。そういう事か? それもある。可能性としてはありだろう。
可能性だけで言うなら、幼馴染の線と恋愛片思いの線も可能性だけならある。渡良瀬と香取の。あるかもしれないし、ないかもしれない。いや、違うな。そういうふうには見えなかった。
それとは別に、少し有力なのがあるが……それは、違うかもしれない。それは正解でも、口に出してはいけない答えのような、そんな気がしたからだ。
俺にしては、今回はぜんぜん考えがまとまっていなかったのだった。
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